第9話  格上との格闘は、お互いの命を奪い合う殺し合いだと思い知る。(その1)


 雫斗達がハイゴブリンとのバトルをしているころ、ダンジョン協会の一室で荒川優子は目の前のウエポンボックスを睨みつけていた。

 探索者はダンジョンで戦闘をする以上武器や防具が必要だ。しかしその装備を身に付けて街中を歩くのは、かつて平和だった日本において目立つ事この上無い、法律上の観点からも禁止されている。 


 しかしこのご時世だ、魔物が街中を闊歩していても不思議では無い現在、自衛手段を持ち歩くのは自然の流れだ。

 だけど流石に重武装で街中を歩く事は憚られる、そこで深層に入る探索者は普段はウェポンボックスに武器と防具を入れて移動するのだ。


 荒川優子は深層を探索する上級探索者だ、しかも最前線で活躍しているクランのリーダをしている、クランというのはいくつかのパーティを集めた組織の名称だ。

 深層の攻略には何日もかかる為一つのパーティだけでは無理がある、そこで幾つかのパーティが攻略するパーティを支援する為に一緒に行動するのだ。


 しかしダンジョンの深層を攻略する度にパーティを揃えるのは効率が悪かった、いつも気心の知れたパーティを集められるとは限らない。

 それならば最初から集めて事にあたれば揉める事もない、しかもその中で切磋琢磨して強い探索者に、強いパーティになる事が出来るのだ。


 そのクランリーダーの荒川優子がなぜ探索者協会に居て、ウエポンボックスに納めている武器防具を睨みつけているかというと、一ヶ月の探索者資格の停止処分をうけたためだ、頑丈なテーブルの上に置かれたウエポンボックスを挟んで、探索者協会名古屋支部の支部長、菊村正二と対峙していた。


 「分かっているとは思いますが、如何に反社会勢力で武装していたとはいえ一般人相手に、探索者がしかも最前線で攻略している人が暴力を振るったとあっては、協会としても黙って見過ごす訳にはいきません」支部長が気の毒そうにいうと。


 「分かっているさ、承知の上だが。しかし一ヶ月の資格停止は重過ぎないか?」そう言う優子に、何を言っているのだと呆れた様に菊村が話す。


 「いくら死傷者がいないとはいえ、半死半生の人もいたのですよ?上級ポーションを持ち出して示談に持ち込んだとは言っても、精神的な後遺症を負った人もいるのです。ダンジョン庁の方からも・・・嫌がらせでしょうが、きつい処罰をと言われているので仕方ないのです」と暗に運が悪かったねと言う事らしい。


 ダンジョンの深層の攻略には危険が付きまとう、精神的に追い詰められた人間は容易に薬へと逃げ道を作ってしまう、しかしそれは探索者にとって致命的だ。


 自分だけならいいがパーティーも危険にさらしてしまう事になる、優子のクランの若手のメンバーの一人が恐怖心に負けて覚せい剤に手を出してしまった。

 最初は軽い気持ちだったかもしれないが、薬は徐々に体と精神をむしばんでいった。


 深層探索の準備を兼ねて連携を確かめるために中層での鍛錬とアイテムの取得に挑んでいたその若手のメンバーが、薬の誘惑に負けてあろうことかダンジョンで使ってしまった、ダンジョンでは薬やポーションと言ったものは時に過剰に反応してしまう。


 ハイになったその若手の探索者は魔物だまりに突貫していった。当然他のメンバーは助けるために無計画で多くの魔物がひしめく部屋へと入っていく、深層を探索しているメンバーが居たとはいえ気の触れた人間を助け出すには骨が折れる、結局全員帰ってきたとはいえかなりの負傷者を出した。


 特にひどかったのはパーティを率いて居た優子の秘蔵っ子の探索者だった、体はポーションで直ったとはいえ精神的なダメージは計り知れなく、そのことを知った優子は切れた。


 薬に手を出したメンバーを問い詰めて、販売ルートから元凶の麻薬密売組織を探し出すのに、半日もかからなかった。


 そしてその販売組織を統括していた暴力団の事務所ごと壊滅してきたのだった、当然優子は生身だったが相手が武器を持ち出してきたため、お灸の意味で半死半生の憂き目を見て貰ったのだ。


 優子にしてみるとこれでも足りないぐらいなのだが、流石に死人を出してはまずいと手加減はしてきたのだった。


 それでも腕は飛ぶは、足は砕ける、目はつぶれる、顎は使い物にならなくなる。普通は傷害罪と殺人未遂で訴追の憂き目を見るところだが、そこは深層の探索者を率いるクランのリーダーだ、高額な上級ポーションを散らつかせて示談を勝ち取った。


 刀や拳銃で武装した暴力団相手でも、素手で簡単に圧倒してしまう深層を探索している優子達は、25層を超えたあたりで行き詰まってしまっていた。


 歩く重戦車とか地上を這う爆撃機とか言われている優子だが、最近探索者として何か足りない物が有るような気がしてならない。


 今までは、力技でダンジョンを攻略して来て居ていたが、何か重要な事を置き去りにしている気がしているのだった。


 ウエポンボックスを見ながら物思いにふけっていた優子だが、部屋の外ががぜん騒がしくなってきた、不審に思った支部長の菊村が廊下に出て行った。


 しばらくして帰ってきた菊村が優子に依頼してきた「荒川さん緊急のクエストです、受けて貰えませんか?」そう言われた優子は可笑しなことを言うものだと思った、今の自分は探索者としての資格を停止されたばかりなのだ。


 「何を言っているんだ? 今停止処分を受けたばかりだろう」そう言う優子に切羽詰まったかのように支部長が言う。


 「ですから緊急です、この近くでダンジョンが発生しました。ハイゴブリンが出て来たようです、親子連れが襲われて母親がけがをしたようですが、今日講習を受けた探索者がハイゴブリンは討伐したようです」。


 「なに?。今日講習を受けたばかりの探索者?素人と同じじゃないか?」驚愕して目をむいている優子をしり目に。


 「そうですがその子たちは都会の出身ではありません郊外の村で、かなり危機意識が高いのでしょう護身術くらいは身に付けているようです、ですが問題はダンジョンです。まだ魔物が出てくるかもしれません、そこで緊急の要請です探索者の資格の停止処分は取り消します、救助をお願いします」。


 優子は聞き終わる前にウエポンボックスを開き装備を身に着け始めていた、装着しながら聞いてくる「場所は?要救助者の人数は?他に行くメンバーは何人だ?」矢継ぎ早の質問に臆することなく支部長は答えていく。


 「協会の前の遊歩道で300メートルほど先です。人数は11名で一人怪我有り軽傷です。1階で5名の職員が待機中、他に自衛隊の害獣対策班に出動要請済み15分で周りの封鎖が完了します」。


 それを聞いていた優子は装備の装着が済むと部屋を飛び出して行った、流石に深層を探索している人間だ動きが尋常ではない、残された支部長は祈る思いで飛び出して行った優子を見ていた、間に合ってくれと。

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