第24話 優しさがヒトを傷つける事もある

「うん、そう。写真送信したの、見た?……でしょ?じゃあ、よろしくね」


 いつきの耳に、岩田美紅いわたみくが通話している声が微かに聞こえた。


 激しい頭痛が樹を襲った。


「くっ……」


 樹は、歯を食いしばりゆっくりとカラダを起こした。

 見知らぬ部屋のベッドの上……ホテル?


「あら、おはよう、い・つ・き」


 岩田美紅はランジェリー姿で樹の隣に座った。


「み、美紅ちゃん……これは一体どういう事?」


 樹は思い出した。バーで眠剤入りのカクテルを、美紅に飲まされたことを。


「アタシね、樹の秘密を聞いて許せなくなったの。なんであんなに、キミみたいなイイ男が……顔?外見が綺麗だから?」


 美紅のこめかみがヒクヒクと動いた。


「外見?……それは関係ないよ。美紅ちゃんだって綺麗じゃないか」


 樹の言葉に、美紅はカラダを震わせた。


「どうしてそんな事を言うの?そんなお慰みは要らない!どうせアタシなんか麻宮あさみや先輩の足元にも及ばないでしょ!」


 美紅は、大声で泣き叫んだ。


「美紅ちゃん……どうしてヒトと比べるの?どうして自分を卑下ひげするの?美紅ちゃんは、ボクみたいな、秘密を抱えた訳の分からない気持ちの悪い男に、明るく優しく接してくれた。それは、ボクの見た目を気に入ってくれただけなの?」


 樹は、諭すように語りかけた。

 それから、ポケットからハンカチを取り出すと、美紅へ手渡した。


「……そういうところよ。最初はイケメンだったから近づいた。でも、そんなの誰にでもある事でしょ?キミは優しすぎる……こんな最低な事をしたアタシにまで優しくして……ずるいよ」


 美紅は、樹のハンカチでクシャクシャの泣き顔を覆った。


「美紅ちゃん、ゴメンね。ボクのを知ったから解ると思うけど、どうしていいか知らないんだ、他人ヒトの接し方が……


 優しさがヒトを傷付ける事があるなんて……


 本当にゴメン」


 樹は、苦笑いを浮かべ俯いた。そして、ひとつ呼吸を着くと、自分の着ていた上着を、そっと美紅の肩に掛けた。


「うわぁぁん!ごめんなさい!アタシ……アタシ、もっと最低なコトをした。早く……今すぐ行って!アタシ…………」


 美紅は泣き崩れ、絨毯の上に力無く膝を着いた。


 美紅の告白に、樹は全身から汗が吹き出した。


 そして……部屋を飛び出した。




 RRRRR……


『もしも〜し、雫玖しずく?ちゃんと家に帰りついたかね?』


「うん、今着いたとこ。今日はゴメンね、伽椰子かやこ


『あー、そのテンションだと……樹君はまだ帰ってないんだね?』


 雫玖ワタシは、真っ暗なリビングの電気を付けた。

 彼の居ないリビングは無機質で、まるで冷凍室のように冷えきっていた。


『まあ、そろそろ帰るさ……信じなよ、樹君を』


「うん、ありがとう。待ってみ……」



 ピンポン……



「あ!樹君が帰ったかも!」


 ワタシは早足で玄関へ向かい、樹君だと疑いもせずドアを開けた。


「おかえり!いつ……き……く?」


 そこには、見知らぬ男が立っていた。

 金髪で首元にタトゥー、色付きのメガネを掛けている。見た目でヒト様を判断するのは失礼と思いながらも、ワタシはその男に何ともしれない恐怖を感じた。


「こんばんは、夜分にすみませんねぇ。僕、岩田美紅のお友達です」


 え……美紅ちゃんの?どうしてウチに?


「美紅ちゃんの……。あの、どんな要件でしょう?」


 ワタシは、美紅ちゃんの友達ということに、少し安堵した。


「いやぁ、写真で見るより実物はもっと綺麗だ。美紅がね、《好きにしていい》って言ったもんで……」


 男は、薄ら笑いを浮かべた。


「え……?」


 ワタシは、左頬に強い痛みを感じると、気を失った。



『もしもし?雫玖?樹君帰ったの?……おーい、返事を……』


 廊下に落ちたスマホから、伽椰子の声が虚しく響いた。



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