第22話 美紅の誘惑

「お待たせしました」


 カウンター席に座った二人に、美紅みくがチョイスした飲み物が出された。


 美紅の前にジントニックが置かれた。


 そして……


「こちら、サマー・ディライトでございます」


 バーテンダーは、いつきの前にシェリーグラスに注がれた、情熱的な赤い色をしたカクテルを差し出した。グラスの縁にはレモンが添えてある。


「え!み、美紅ちゃん、ボク未成年……」


 樹は、少しアタフタしながら美紅に視線をやった。


「ウフフッ、驚いた?ちゃんとノンアルコールで注文したわ」


 美紅は、色気のある真っ赤なルージュで微笑むと、樹の前に自分のグラスを掲げた。


 二人のグラスは、クリスタルの綺麗な音色を響かせた。


 ステーキを食して喉が渇いていたのか、美紅はジントニックをあっという間に飲み干した。


「美紅ちゃんはお酒強いんだね?」


 樹は、カクテルを恐る恐る、少しだけ口にするとグラスを置いた。


「強い?うーん、一緒に飲む人に……よるかな?」


 美紅は、樹の耳元に近づいて囁くように答えた。


 アルコールを飲んでもいないのに、顔を赤らめた樹は、美紅から視線を逸らしサマー・ディライトをもうひと口飲んだ。


 シェリーグラスのステムを持つ細く長い指、情熱的な真紅を口にする薄い唇、カクテルが流れる度に上下する大きめの喉仏……18とは思えぬ色気は、美紅を魅了した。


「樹君、初めてのカクテル……どう?」


 美紅は、さりげなく樹の太ももに手を置いた。


「うん、美味しい。ノンアルでも、美しいカクテルに酔ったかも?」


 樹の言葉とセクシーな流し目に、美紅は心もカラダもとろけるような感覚におちいった。しかし……


「二十歳の誕生日に、雫玖しずくさんも入れて、三人で飲みたいな」


 樹の太ももに置いた美紅の右手と、真っ赤なルージュの口元が、ピクリと動いた。

 右手をスッと退き、少し俯き加減で樹に尋ねた。


麻宮あさみや先輩……本当は樹君の叔母さんじゃ無いんでしょ?」


 今度は、樹がピクリと動いた。

 しばらく口をつぐんだ樹だったが、覚悟を決め美紅の目を見た。


「ごめん、騙すつもりは無かったんだ。ただ、仕事上 雫玖さんに迷惑が掛かるといけないと思い、甥っ子という事にしてたんだ」


 樹は、美紅から目を逸らす事無く真っ直ぐに答えた。


「……やっぱり」


 美紅は、言葉少なめに俯いた。


「美紅ちゃん、本当にゴメ……」


「ねぇ、樹君……キミは、一体何者?」


 美紅は、樹の言葉を遮り女の勘を働かせた。

 すると、樹は拳を握り締め動かなくなった。


 二人の間を沈黙が遮った。


 そして、樹は目を瞑って天を仰いだ。


 そして、ゆっくりと椅子を回転させ美紅の方を向くと、真実を語り出した。


 美紅は固唾を飲んで、肩をこわばせた。




「実は、ボクは……」




 樹は、雫玖にも話していない……いや、彼女が思い出せない、己の正体を包み隠さずに話した。


「う、ウソでしょ?ふざけないで、アタシをバカにしないで!」


 美紅は、少し涙目で樹の嘘であろう話に声を荒げた。


「ごめん、美紅ちゃん。本当なんだ……やっぱ気持ち悪いよね?自分でも分かっている……でも、雫玖さんへの想いを抑える事が出来なかったんだ」


 樹は、悲しげな表情で俯いた。


「そ、そんな事って……麻宮先輩は知ってるの?」


「いや、言ってない……てゆうか、言えない。雫玖さんにボクを思い出してとか言う、臆病でズルい男なんだ」


 樹の瞳に映るカクテルが潤んだ。







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