第20話 いや聞いてねえわ

 この日は、12月の平均気温を5℃上回る晴天だった。


 雫玖ワタシは、滅多に使うことの無い有給休暇を午後から取る。

 図書館のレトロな掛け時計は11時43分を差していた。


麻宮あさみや先輩が有給休暇なんて珍しいですね?もしかしてデートですかぁ?」


 岩田美紅みくちゃんは、探るように聞いてきた。


「いやいや、まあ、デートと言えばデートかな?映画に行くの。もう少しで、ここに迎えに来る予定だよ」


 ワタシは、唯一無二の親友伽椰子かやこが来るのをウキウキして待っていた。


「先輩、デートって事はディナーまでしたり?」


「うん。まあ、そうだけど多分居酒屋かな。どうして?」


 ワタシは、美紅ちゃんの唐突とうとつな質問に小首を傾げた。


「て事は……いつきですよね?夕御飯、誘っちゃおっ」


 美紅ちゃんは、嬉しそうに両手で頬を挟んだ。


 し、しまったぁぁあ!!


 伽椰子とのデートに心弾んで、油断していた……


「あれ?先輩どうかしました?お顔が引きってますよ?」


「え、いや、何でも無いよ!広瀬君、喜ぶんじゃないかな?」


 ワタシは引き攣った笑顔で、動揺を隠した(つもり)。



「おう、雫玖しずくお待たせ!」


 伽椰子が、満面の笑みで現れた。

 そしてワタシの顔を見るなり、


「あれ?どうした?口角ヒクヒクさせて?」


 彼女は、心配そうな顔でカウンター越しにワタシの顔を覗き込んだ。


「え?そんなことないよ?えっと、あ!美紅ちゃん、ワタシの友達 伽椰子です」


 ワタシは、ぎこちなくも話をすり替えた。


「こんにちは。岩田美紅です。麻宮先輩にはいつもお世話になってます」(なるほど、女友達だったか)


 二人を紹介していると、トイレ掃除を終えた樹君が戻って来た。


「あ、伽椰子さん!こんにちは〜、相変わらずお綺麗で」


 樹君は、白い歯をみせた。


「あら、美少年君!お綺麗だなんて……やだわ、もっと言って〜」


 え?キミ達は会ったの二回目ですよね……?

 何この長年のお付き合い感は?



 平日の昼下がり、サラリーマンが白い息を吐きながら道を行き交う中、ワタシ達は暖かいカフェでランチをしていた。


「はぁぁぁ」


「……あのさ、さっきからため息しか聞いてないんだけど。ミルクティーも冷めてるし」


 ワタシは、伽椰子にそう言われて、心ここに在らず完全にうわの空だという事に気が付いた。


「ゴメンゴメンッ!あ、伽椰子コーヒーだよね?もう一杯どう?ここはワタシ持ちにするから!」


 親しき仲にも……というけど、ワタシったら本当に失礼だった。心の広い伽椰子じゃ無ければ、怒っている帰るだろう……。


「もう3なので結構です。それよりどうした?もう映画の上映時間過ぎてるし、とことん話を聞こうじゃないか」


 伽椰子は本当に出来た女性ひとだ。

 こんなワタシを見捨てるどころか、いつも寄り添ってくれる。雫玖を揶揄からかう事が、伽椰子ウチの趣味だ!と言って笑ってくれるのだ。


「えっと、あのね……」


 ワタシは、美紅ちゃんが樹君を狙っている、今夜食事に誘うらしい事を話した。


「は?ちょっと待って……意味が分からん。それがどうしたの?」


 伽椰子は、眉をひそめた。


「どうって……ワタシ、樹君とだし、同棲してるでしょ?」


 ワタシは、彼女の反応に疑問を感じ首を傾げた。


「はぁあっ?!いや聞いてねーぇわ!美少年君を一泊させたところから、ウチの時間止まってるわ!」


 あ……報告、してなかった。


 流石さすがの彼女も、半ギレで声を荒げた。


 カフェのお客さん、ウェイトレスさんが一斉にワタシ達を見た。


 伽椰子は、すかさず立ち上がり周りのお客さんにこうべれた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る