第19話 あんまん

 ハッ!


 玄関の鍵を開ける音!



 雫玖ワタシは、抱えたひざの痕がついたひたいを上げて、リビングのドアを見つめた。


 今度こそ、人影が見える!


 

 

「ただいま〜。あれ?真っ暗じゃん」


 彼だ!いつき君が帰って来た!


 ワタシは急いで涙を拭った。

 拭った手のひらも濡れて、服で拭った。


 そして、何故か立ち上がって背すじをピンッと伸ばした。


「雫玖さぁん、居ないのぉ?」


 リビングのドアが開き、電気が付いた。


「うおっ!」


 立ちすくむワタシを見て、彼は肩をビクつかせた。


「ちょっと!暗闇で何してたの?エアコンも付けないで……」


 彼は、無言のワタシの所へ来て、手を取った。


「あーあ、こんなに冷たくなって!ダメじゃん、風邪引いちゃうよ?」


 彼は、そう言ってワタシをギュッと抱き締めた。


 温かい……凄く、温かい……


 ワタシは再び、涙が止まらなくなっていた。肩を震わせながら、彼の腰をギュッと強く抱き締めた……決して逃がさないように。


 彼は、どうして泣いているのかを察してくれたのだろう、理由は聞かなかった。


「本当に冷たい、まるで氷みたい。早くお風呂に入っておいで……それとも、一緒に入る?」


 彼の吐息が、ワタシの耳元に触れた。

 彼に心音が聴こえてしまうほど、ドキドキした。


「もしかして、酔ってる?」


 ワタシは震える声で、精一杯の冗談を言った。


「雫玖さん、おバカだねぇ。ボクは十八歳18ですよ〜。ジュースしか飲んでませんよっ」


 彼は、優しく言葉を返してくれた。


 そして、もう一言……



「ボクが酔うのは……雫玖さんだけだよ」



 普段のワタシなら吹き出していただろう。こんな恥ずかしいセリフを、よく言えたものだと。


 けど、今のワタシには、この上ないセリフだった。


「雫玖さん、愛し……ヒック……え?今このタイミングでしゃっくり出る?ヒック」


 樹君は、カッコよくて、可愛くて、色気があって……でも、ここ一番でカッコがつかないところが最高に大好きっ!!


 ワタシ達は、顔を見合わせ笑った。


 そして、少しだけ高い位置にある彼の首に手を回し、ワタシからKissをした。


 そんな不意打ちに、彼はアタフタして頬を赤くに染めていた。


「あ!そうそう、これ一緒に食べようと思って」


 彼はコンビニの袋から、ホカホカの肉まんを二つ取り出した。


 ワタシはドキッとした。まるで送信を取り消したメッセージが、彼の心に届いたように思えた。


「冷めないうちに食べよっか、


「……ぷっ、あん……」


 ワタシは、流石さすがに吹き出した。



 やっぱり間違いない……ワタシは樹君カレを愛してる。



 こんな至福の時を過ごすワタシ達が、これから深い闇に包まれるなど、この時は想像すら出来なかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る