第18話 洗濯物……干したままだから

 展示コーナーの設置を終わらせた雫玖ワタシは、二人の事がどうしても気になり、棚の影から様子を伺った。


 キャッキャッしながら仕事をしているが、いつき君は初めてとは思えない手際の良さで、ワゴンに積み重なられている本を、次々と棚に収めていった。


 開館すると、二人に受付カウンターをお願いした。

 ワタシは、別の仕事をこなしながら、たまに様子を伺った。

 しかし、美紅みくちゃんがいるので、何の問題も起きず一日が終わった。


 美紅ちゃんがいれば安心だし、樹君のサポートをお願いしたのも自分……なのに一日中二人の事を気にかけていた。

 これって、仕事の心配では無い……ワタシは何をしているのだろう?

 樹君には、偉そうに「仕事」を語ったけど、出来てないのはワタシの方だ。


 もっとちゃんと仕事をしよう。

 こんなんじゃダメだ。


 外へ出ると、もう陽は落ちて街灯が点灯していた。


「お疲れ様です!麻宮せ・ん・ぱ・い」


 樹君は、一日を無事に終え、ホッとした顔でワタシの隣に飛び跳ねてきた。


「お疲れ様。君、とても頑張ってたね!初めてとは思えなかったよ」


 ワタシは素直に褒めたたえた。上司としても嬉しい事だ。


「えへへ、でしょ?でも疲れたぁ、結構気は使ったんだよ。あっ!そうだ、この後食事行くでしょ?美紅ちゃんからと思うけど」


 少し自慢げに照れた彼は、とても可愛かった。けど……ワタシは食事の誘いは受けていない、初耳だった。


「えっと、ほら!洗濯物をベランダに干したまま来ちゃったから、ワタシは先に帰ってるね。美味しいの食べておいで」


「そっか。残念……」


 ワタシは、無理やり笑顔を作った。口角がヒクヒクと動いた。そんな自分の表情を読み取られまいと、そそくさと彼の前から姿を消した。



 真っ暗な冷えきった部屋、まるで一人暮らしに戻ったよう……。

 樹君とは、たったの四日しか一緒にいないのに、ワタシの頭の中は、彼で埋め尽くされていた。


 現在いま、改めてそれを思い知らされた。


 今頃彼は、何を食べ、美紅ちゃんとどんな話をしているのだろう?

 もしかして、いい雰囲気になっているのではないだろうか?


 今夜は帰らない……かも?


 もう二度と戻らない……と……か?


 ワタシは、真っ暗な寒いリビングの冷たいフローリングに座り込み、スマホを見つめていた。


 20:47


 スマホの小さな明かりが、ワタシの泣き顔を一瞬だけ照らす。


 20:52


 たったの5分……

 ワタシの感覚的には、30分くらい経っていた。


 L○NE、してみようかな?

 スマホをスワイプしてロックを解除し、アプリを開いた。

 でも、そこから指を動かすことが出来なかった。


 スマホを手にしたまま、20分程過ぎていた。


 やっぱり……耐えられない。


 ワタシは、意味もなく急いで文字を打った。

 

『美紅ちゃんに悪さしてない?あのさ、帰りに肉まん買ってきて貰えるかな?後でお金払うから♪』

 

 邪魔だとは理解しながらも、ワタシは彼にメッセージを送信した。



 ピロリンッ


「え……?」


 家の中で着信音が聴こえた。


 彼が、樹君が部屋に入って来た?!

 帰ってきた!!


 ワタシは、暗がりに慣れていた目で、リビングのドアを見つめた。

 しかし、磨りガラスには誰の影もない、気配も無い。


 着信音は気のせいだった?


 ワタシは、試しにもう一度メッセージを送信した。


 ピロリンッ


 やっぱり聴こえる?!


 ワタシは、音のした方へ四つん這いで進んだ。


 そこには、彼のキャリーバッグが立て掛けてあった。


 なんだ、そういう事か……。


 思い出した、樹君はスマホを持ち歩かない変わっただった。


 ワタシは、独りで恥ずかしくなった。

 でも、笑えないや……。


 送信を取り消して、スマホを絨毯じゅうたんの上に放り投げた。


 ワタシは、膝を抱え込み丸くなった。


 泣いているからなのか?寒いからなのか?

 ワタシは、震えが止まらなかった。


 

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