第16話 アレしました

 空がオレンジ色に染まり、街を行き交う人達の息は白くなっていた。


 美紅みくちゃんと雫玖ワタシは閉館後、事務作業をしていた。


「あのぉ……麻宮あさみや先輩。広瀬ひろせ君と何かありました?あの後直ぐに帰っちゃったし……」


 美紅ちゃんはワタシの顔色を見ながら尋ねてきた。


「あー、本当にゴメンね!不安にさせてしまって。が生意気言ったから説教してたの、アハハッ……」


 ワタシは美紅ちゃんに平謝りした。そして、迷惑ついでにお願い事もした。


「あのさ、もし美紅ちゃんさえ良ければ、広瀬君の指導を任せてもいいかな?ほら、やっぱだと仕事やりづらくてさ……」


 ワタシは、恐る恐る美紅ちゃんの反応を伺った。


「イイんですか?やります!絶対にやります!広瀬君の指導、アタシに任せてくださいっ」


 美紅ちゃんの瞳に、炎が見えた。

 それと……ハートマークも見えた。


 失敗しちゃったかな?……ワタシ。


 仕事を終えて外へ出ると、スッカリ真っ暗になっていた。

 温かい……いや、むしろ暑いくらいのエアコンが効いた電車で、ワタシは今日の事を思い返した。


 やっぱビンタはまずかったなぁ……。きっと傷ついてるはず。帰ったらちゃんと謝ろう。


 自宅の最寄り駅で降りると、コンビニでシュークリームを二つ買った。


 帰宅するだけなのに、二日連続で緊張している。昨日はまだいい、ウキウキドキドキだったから。

 けど、今日は帰るのが怖い……。怒ってたらどうしよう?

 待てよ……もし、居なくなってたらどうしよう?

 怒っててもいい、どうか居ておくれ……。


 もう、ワタシの心はいつき君に奪われていた。今更ながら、そう確信した。



 ワタシはインターホンを押さずに、鍵を開けてソロリとドアを開けた。


「うわっ!……びっくりした」


 樹君は、冷たいフローリングで正座していた。

 そして、ワタシの顔を見るなり……


「雫玖さん!本当にごめんなさい!ボク、実は仕事初めてで……マジで失礼な事言ってしまいました。傷つけて、ごめんなさい!」


 樹君はフローリングに頭をつけた。


「ああっ!ちょ……待って!」


 ワタシは慌てて樹君の頭を上げた。

 そして、膝を突き合わせてワタシも謝罪した。


「手をあげるなんて最低でした。ワタシこそ傷つけてしまいごめんなさい!本当に後悔してる……」


 ワタシの頬に自然と涙が伝った。申し訳無いし、情けないし、それに……


「樹君が何処かへ行ってしまったのでは?と、凄く不安だった。でも、キミは寒い玄関で待っていてくれて……」


 ワタシは、正直な気持ちを彼に伝えると、泣くのを止めることが出来なくなっていた。


 すると彼は、ワタシの両手をギュッと握りしめてきた。


「雫玖さんだってこんなに冷たくなって……早くリビングに入ろう」


 彼は、ワタシの頬に流れている涙を、優しく指で拭ってくれた。

 そして、そのままワタシの耳元まで手を伸ばした。

 彼は、十八とは思えない色気のある表情で顔を近づけてきた。


 樹君とワタシは、初めてKissをした。


 寒いはずなのに……冷たいはずなのに……彼の唇は、とても温かくて、そして優しかった。


 顔が離れ、視線が合うと、お互いに顔を真っ赤にして俯いた。


 ああ……男性恐怖症のワタシが、この歳で恋をして、幸せを感じることが出来るなんて夢にも思わなかった。


「あっ、そうだ。これ、夕食の後に食べようと思って……」


 ワタシはマイバッグからシュークリームを取り出した。


「あ!それって駅前のコンビニの……?ちょっと待ってて」


 そう言い残し、樹君はスリッパをパタパタいわして、リビングへ入っていった……と、思ったら直ぐに戻ってきた。


「じゃーん!」


 樹君の両手には、シュークリームが乗っていた。


 ……視線を合わせると、二人で吹き出した。


 この夜、ワタシ達は食後のデザートにシュークリームを二つずつ仲良く食べた。


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