第13話 気まずい朝

「あ、いつき君、おはよう……」


雫玖しずくさん、おはよう!」


 気まずい感じで挨拶したワタシに、いつき君はいつもと変わらぬ元気な挨拶を返してくれた。


 ワタシの方が子どもみたいだ……

 テーブルの上には、既に美味しそうな朝食が用意されていた。


「いただきます」


 暫くの間、箸と器の音だけが気まずさを演出していた。

 ダメだ、ちゃんと謝ろう。


「樹君……昨夜は大人げない態……」


「雫玖さんごめんなさい!あのスマホの持ち方は癖なんだ。別に雫玖さんが汚いとか、そういうんじゃないんだ」


 樹君は箸を置き、正座して謝った。ワタシが悪いのに……。


「ううん。ワタシこそごめんなさい」


 ワタシも同じ様に正座で謝罪した。


 ワタシ達は、苦笑いを見せ合い食事を再開した。


「樹君、食事……ワタシが作るから気を使わなくて大丈夫だよ?」


「違う違う!ボク、料理が好きだし、お世話になってるから。あ!ちゃんと家賃と生活費は出すからね!」


 生活費かぁ……逆に申し訳ないなぁ。

 1LDKでリビングのソファーを寝床にさせてるし。2LDKに引越した方が良いかな?

 あ、でも結婚して子どもが生まれる事を見越して3LDKかなぁ?


 ……え?ワ、ワタシは何を考えているのだ?おかしい、おかしいぞワタシ!勝手に話が飛躍してるよ!てか、彼のことほとんど知らないし……。


 そうだよ、一体何者のなんだろうか?ま、まさか!タイムリープ?いや、いつの間にか異世界転生した?ダメだ……頭が混乱してきた。


「あのぉ……い、樹君はナニ?」


「え??」


 しまった!ワタシはなんて事を口にしてしまったのだ……。ワタシこそ何者?


「アハハッ、なんでもないの。あ、この浅漬け美味しいね!今度作り方教え……」


広瀬ひろせ……」


 樹君はポツリと呟いた。


「え?ひろせ?」


「そう、ボクは広瀬樹ひろせいつき。心当たり……無い?」


 ワタシの頭の中の引き出しが一つだけ開いた。

 広瀬樹!知ってる、知ってる氏名なまえだ!けど……それ以上思い出せない。

 どうして?……どうして?


「ご、ごめんなさい。氏名を知っている事だけは思い出せた。けど……それ以上は」


 ワタシは、申し訳無い気持ちでいっぱいになり項垂うなだれた。


「……そか。ハイ残念でしたー!ボクが誰なのか教えてあげませーん!」


 彼は、一瞬悲しげな表情をした後、舌を出しておどけてみせた。


「本当にごめんなさい……」


「いや、いいってば!いつ思い出すか楽しみになってきたよ!それより、遅刻しないか心配ですなぁ。時計をご覧なさい」


 彼は口元を押さえ、悪戯イタズラに微笑んだ。


「はっ!ヤバい!ぐに準備しなきゃ!」


 ワタシは素早く立ちあがると、膝をテーブルに激突させてお味噌汁を零してしまった。


「痛っ!あー、ごめん!」


「ボクが片付けとくよ。さぁ、早く準備して!」


 全て樹君に任せて、慌ただしく家を出た。


「樹君ごめんね!お土産買って帰るから!行ってきます!」


「はーい、気をつけてね〜」



 絶対に速くはならないが、ワタシはエレベーターのボタンを連打していた。


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