第11話 そのパターンにはやられない

 昨夜の事が夢のよう


 とか……よく聞くセリフだけど、麻宮雫玖ワタシはそれを肌で感じていた。


 カーテンの隙間から零れる陽の光で目を覚ました。なんだかとても良い夢を見てた気がする。


 清々しい朝、けど……顔に触れている空気は冷たい。ベッドから起き上がるのが辛い季節だ。


 「雫玖しずくさん、おーはよっ」


 「へっ?」


 自分の肘を枕にして、いつき君が添い寝している……。

 

「きゃあーっ!!」


 ワタシは、不格好にベッドから転げ落ちた。


「お、おはよって……いつからそこに?」


 (しかも、朝っぱらから色気ムンムンモード……昨夜の少年は何処へ行った?)


 ワタシは、自分の冷えた顔がポーっとするのが分かった。


「いつって?今さっき。朝ごはん出来たから起こしに来ただけだよ」


 確かに(ワタシの)エプロンを付けている。


「ささ、早く顔洗ってきてね」


 ワタシは彼に背中を押されて、洗面所へ行き、火照ほてった顔をしずめた。


 イビキとか、歯ぎしりとか……してないよね?



 リビングへ行くとテーブルの上には彼の作った朝食が並んでいた。


 焼き魚にお味噌汁、胡瓜きゅうりの浅漬けまで用意されていた。


「すごーい!美味しそう」


 昨日は洋食、今日は和食、美少年でお料理男子とは……やはり、絶対、しかと、決定的に、ワタシは騙されている!

 こんなハイスペック男子を放っておく女性がいないワケは無い。


「ねぇ、雫玖さん何その表情?早く食べてみて」


 はっ!また変顔をしてしまった……。同棲すると表情にも油断が出来ないんだなぁ。恥ずかし。


「では、いただきます」


 ワタシは、熱々のお味噌汁から頂いた。


「う、うま……美味しい!もしかして出汁だし代えた?」


「でしょ?出汁は代えてないよ。てゆーか、このキッチン雫玖さんの物しか無いし」


 確かに……。しかしなんて美味しいんだ。自分の作ってきたお味噌汁とは一体何だったのか……。


「では隠し味的な?」


「うん、そうだよ。料理は全て母さんに習ったんだ。ひとりでも困らないようにって」


 樹君は、照れた様子で嬉しそうに話した。


「そういえばお母さんとは一緒に暮らさないの?」


 珍しく自らの情報開示した彼に、ワタシは恐る恐る尋ねた。


「母さんはいい旦那さんヒト見つけたから、邪魔したくないんだ。それにボクが上京する事を応援してくれたんだよ。だからボクも調子に乗って、次に会う時はお嫁さんを連れて行くと豪語したんだ」


 彼は、ワタシに熱い視線を送ってきた……と思う、たぶん。


「あれ?そういえば樹君は食べないの?」


 今更ながら、彼の前には朝食が並んでいない事に気が付いた。


「食べない……てゆーか、雫玖さん一人分の食料しか買ってきて無いんだもん」


 彼は、頬っぺたを膨らまして、ワザといじけた顔をした。


「あ、ごめんね!まさか本当に同棲するとは……」


 あれ?……これってワタシが悪いんだっけ?

 ワタシは、樹君に上手いことコントロールされている?

 まぁいっか。何故だろう?全然悪い気がしないのは……。



 彼は、ワタシが食べている姿を、手に顎を乗せて見つめていた。


「ね、ねぇ……そんなに見つめられると恥ずかしいよ」


 ワタシは、彼から視線を逸らした。


「あっ!ボクの朝ご飯、みーっけ!」


 彼は、そう言ってイタズラな笑みを浮かべた。


「え?」


 あー!そういう事ね。ワタシの頬に付いたご飯粒を取るってやつね。

 そういうパターンはお見通しよ。ドキドキなんかしないんだから。

 三十路を、舐めるなよ!


 ワタシは、目をつぶり顔を突き出す余裕を見せた。


 彼のが、ワタシの頬に近づいてくるのが感覚的に分かった。


 ……え?


 指、じゃ……ない?


 指、じゃ……ない。


 彼の薄くて柔らかな唇と舌が、ワタシの頬に触れた。

 驚いたワタシは、思わず目を大きく見開いた。


「あれ?予想と違った?顔が林檎りんごみたいだよ……し、ず、く、さん?」


 そう言って、樹君は色気たっぷりに微笑んだ。


 ワタシは、赤面したまましばらくの間固まった。



 やられた……。



 下着……着替えなきゃ……。



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