第5話 元カレはお医者様(難アリ)

 そもそも、麻宮雫玖ワタシが男性を避けている理由はちゃんとある。


 ワタシがまだ二十一歳にじゅういちの時、幼い頃から憧れていた看護師になった。


 希望に満ち溢れ、地元の総合病院に入職した。厳しい仕事ながら、とてもやり甲斐があり辛い事もさほど苦にならなかった。


 やり甲斐の他に、仕事を頑張れる理由もあった。

 それは、とても優しく仕事も出来る男性医師が、いつも励ましてくれたことだ。

 正直、ワタシはその先生に好意を抱いていた。


 とある日、その先生と休日が重なった。

 すると、先生はワタシを食事に誘ってくれたのだ。


 ワタシは、まるで初デートのように浮かれていた。

 動画サイトで可愛いメイクを一夜漬け。

 ファッションは、当時流行りの花柄のフリルワンピースにサッシュベルト、かごバッグを腕にかけてデートにいどんだ。


 デートはありきたりだけど、先生の外車でドライブして、美味しいフレンチをご馳走になった。


 その日はもなく、家(実家住み)まで送ってもらった。

 車を降りる時、なんと先生もワタシに好意を持っているコトを伝えてきた。

 勿論、ワタシも同じ想いだと言うことを伝えた。


 でも、何故かお付き合いして欲しい言う言葉は無かった。

 その時は、奥手なのかな?とか、もしくは言わずと彼女になれたのかな?と思っていた。


 けど……


 先生の愛は……ねじ曲がっていた。



 勤務中、先生に呼び出された。

 ワタシは忙しい合間を縫って、先生のいる診察室へと向かった。


 コンコンコン……


「失礼します」


「やあ、忙しいのにゴメンね」


 先生は優しく微笑みかけてきた。


「あの、どういった御用でしょうか?」


 ワタシは、一瞬でも先生の顔を見ることが出来て嬉しかったが、それよりも仕事の方が気に掛かっていた。


麻宮あさみやさん、コレ……」


 ワタシは先生に何かを手渡された。


 「え?」


 ワタシは自分の目を疑った。

 先生から手渡された物は女性モノのだったから……。


 「麻宮さんの為に僕が選んだんだ。今日はそれを着けて仕事をしてよ」


 その時の先生の微笑みは、いつもの優しいそれとは違った。


「あの……ごめんなさい。患者さんが待っているので」


 ワタシは先生のデスクに下着を置いて、診察室から逃げるように出た。


 ワタシは困惑した。

 けど、先生も男の人だ……そういう欲求が出たのだろう。

 院内の慌ただしさに飲み込まれ、その程度にしか思わなかった。


 数日後、先生からお詫びの連絡があった。かなり落ち込んだ様子で、合わせる顔も無いと言われたけど、ワタシは自分から逢いたいと伝えた。


 次のデートの時、先生は改めて頭を下げた。

 やっぱりワタシが気にする程の事ではなかった。先生は、ワタシの知っている先生だ。


 その日、家に送ってもらうコトは無かった。


 ワタシは、彼のベッドで朝日を浴びた。



 相変わらず忙しい日々は続いたが、ワタシは充実していた。


 とある日、ワタシは再び診察室に呼び出された。

 彼は入るなりワタシを抱きしめ、キスをし、胸をまさぐってきた。

 そして、ワタシは診察用のベッドに押し倒された。

 ワタシは、動揺し反射的に彼の手を振り払った。


「先生、ワタシ……この仕事が好きで、誇りを持ってやっています。だから……勤務中にこういうのはちょっと……ごめんなさい」


 ワタシは、思いの丈を伝えた。

 先生なら理解してくれる。

 そう信じてた。


 室内にパンッという乾いた音が響き渡った。


 ワタシの左頬は赤くなり、痛みが走った。


「え?」


 続けざま、先生はワタシの胸ぐらを強く掴んだ。


「っ苦し……」


 そして、顔を歪めたワタシに……


「おい!調子に乗るなよ、このブスがぁっ!俺の彼女にでもなったつもりか?あ?お前は、なんだよっ!」


 先生は、怒号を浴びせてきた。


 その声と恐ろしい目つきに、ワタシは萎縮して震え上がった。



 それからワタシは先生と会うのを止めた。でも、仕事は辞めたくなかった。

 例え病院内に先生が居ても、恐怖心を抑え仕事に集中した。


 しかし、それは長くは続かなかった。


 ある日を境に、ワタシは周りの人達に避けられるようになった。

 先生が、ある事無い事噂を流したのだ。


 ワタシを遠目に見てヒソヒソと会話をする人……堂々と目の前で嫌味を言う人……


 それはやがて仲の良い患者さんにまで届いた。


 耐えられなくなったワタシは、大好きな仕事を辞めた。


 ワタシは、壊れた。




 

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