第2話 逃走失敗

 麻宮雫玖ワタシは、軽くパニクっていた。

 恋人達で賑わっているはずのこの場所が静寂している。

 聞こえるはずのざわめきが、全く聞こえなくなっていた。


 寒いという感覚も薄れ、ただただ あんぐりと開いた口から、白い息が漏れている。


「あの……本当にごめんなさい。どちら様でしょうか?」


 美少年君は、ため息をひとつ着くと腰に手を当ててガックリと首を項垂うなだれた。

 サラッと垂れた前髪の隙間から覗く彼の目線は、ワタシを撃ち抜くようなセクシービームだ。


「マジ酷すぎでしょ?婚約者忘れるとか記憶喪失なの?」


 彼は、顔を見上げ頬っぺたを膨らませた。


 ちょっ……今度は、可愛い。

 ズルいぞ、美少年!


 いや、そうじゃない……


「な、何よ?アンタ……名前は?どうせ宗教の勧誘とかでしょ?」


 ワタシは少しだけ彼を睨みつけた。


「勧誘?んなワケ無いでしょ!名前すら覚えてないとは……いいもん、教えてあげないもんね!」


 彼は鼻ヅラにしわを寄せて舌を出した。


 ムカつくけど……可愛い。



「お待たせ雫玖しずく。ごめん、電車一本乗り遅れ……てか、その美少年はどちら様かしら?」


 待ち合わせ時間を15分程遅れて、友達の伽椰子かやこがやって来た。


「あ、雫玖さんのお友達ですか?ボクは彼女の婚約者です。宜しくお願いします」


 彼は、伽椰子に勝手な挨拶をした。


「ちょっと!変な事言わないでよ!」


 ワタシは、周りを気にすること無く、少しだけ声を荒げた。


「雫玖の……婚約者?貴方が?」


 彼は、にこやかに首を縦に振った。


「ちょっと……ごめんなさいね」


 そう言って、伽椰子は苦笑いを返すと、少し離れたところへワタシの手を引いていった。


「何よ、あの美少年は?伽椰子ウチに隠してた?それとも、宗教の勧誘か何か?」


 伽椰子は目を細めてワタシの顔を覗き込んだ。


「婚約者なんているワケないでしょ!きっと後者よ。このまま逃げよう」


 伽椰子は、納得し頷くとワタシと手を繋ぎ走り出した。


 幸せそうなカップルの間を何組もすり抜けて、駅の外へ出た。

 空気は冷たいが、カラダは汗ばんだ。


 美少年君が見えなくなると、荒い息を整え最寄りのカフェに入った。


 入り口には飾り付けられたツリーが置かれ、クリスマスソングが流れている。

 ワタシ達は、温かいエアコンさえ暑く感じて、季節外れのアイスコーヒーを注文した。


 空いているの席に着いた。

 そう、二人がけの席はカップルで埋まっているのだ。


「あー、もう!何やってのよ雫玖。二十九歳みそじにもなって、街を全速力で走るとか……」


 伽椰子は、アイスコーヒーをひと口飲むと、ワタシを責めるように愚痴った。


「仕方ないでしょ!伽椰子が遅れてきたのが悪い」


 冷たいアイスコーヒーを飲むと、一気にカラダが冷えた。

 一転、店内のエアコンの温もりが有り難い……。

 

「つーかさ、かなり良いツラだったよね?ウチ、結構タイプかも……」


 伽椰子は、ニタニタしながらストローをかじった。


「いや、アンタには俊雄としお君がいるでしょ。結婚はまだなの?そろそろでしょ?」


 伽椰子は、彼氏ひとすじだけどイケメンが大好きなのだ。人気の韓ドラは全てしている。


俊雄アイツたぶん、イヴの夜にプロポーズしてくるよ。なんかひとりでソワソワしてるし。分りやすい男なんだわ」


 照れ隠しにそんな事を言ってるけど、伽椰子もソワソワしているのが見て取れた。



「ちょっと、探したよ!酷いな、置いてけぼりなんて!ふぅ、疲れた」


 っ!!


 美少年君は、ワインレッドのキャリーバッグをテーブルの横に置くと、ワタシの隣の席に着いた。


「ヒィィィッ!!」


 ワタシ達は、思わず悲鳴をあげた。


 周りのカップルが一斉にこちらを見た。


 伽椰子とワタシは、申し訳なさげに身体を縮ませた。


「あ、すみませーん。チョコレートパフェひとつ」


 美少年君は、ひとり何事も無かったように注文をした。



 な、何なんだ一体……てか、誰?


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