第3話 黒龍の国
南に位置する黒龍の国は、王座の入れ替わりが激しい。というのも、黒龍の国では、強さこそが全て、弱きものに国を治める資格はない。という考え方が根強いからである。その黒き龍の国で現在頂点に立っているのが、シュラ、その人である。黒龍の国特有の、褐色の肌に真紅の瞳。気の強そうなつり目から不敵な笑みが溢れる。髪はしなやかな黒髪を、長く伸ばしており、左側の上半分を編み込みにしている。耳には無数のピアスが所狭しと並び、ジャラジャラと音を立てる。黒龍の国の住人たちの大半が、白龍の国の者たちとは違い、開放的で、保守を嫌い、革新を是とし、素行が良くない者たちだった。故に、白龍の国から見れば、無秩序で、下品で、烏合の衆だと思われていた。それは、黒龍の国の者が群れるのを嫌い、スタンドプレーが大好きだという気質にも由来している。
開放的なのは、ほぼ常夏の気候にも影響されているかもしれない。黒龍の国の国土は、火山や岩でできた土地が多く、全体的にゴツゴツとした風土であった。
今日もシュラは、襲いかかってきた自称次期王(笑)を蹴散らし、午後のコーヒーを嗜んでいた。と、そこへ空気がピリつく。
(この気配、オルデンが来たか。)
シュラはオルデンの威圧的なオーラを記憶している。オルデンは肉弾戦こそ劣るものの、魔法の使い手としては流石に一流で、刃を交えるには厄介な相手だ。とシュラは思っている。できれば関わりたくないが、滅多に白龍の王都を出ないオルデンの気配を国境近くに感じるとあっては、考えにくいが再三にわたる白龍の国と黒龍の国の長い歴史の中で繰り返されてきた侵攻かもしれない。
(今、あちらから仕掛けてくる理由は特にないはずだが。)
シュラは、一度考えを巡らせたが、やはり思い当たる節はない。しかし王としてこの事態を放置するわけにもいかなかった。
シュラは、考えるよりも先に行動しがちな黒龍の国の者の中では珍しく、頭の回転の速い方だった。それも王となれた要因の一つかもしれない。が、スタンドプレーが大好きなのは一緒だった。オルデン相手だと、そこいらの弱兵を連れて行ったところで太刀打ちできないというのも事実なのだが、王が単騎行動するというのもどうだろう。
が、それを実行してしまうのがシュラのシュラたる所以だった。
早速空からオルデンの気配のする国境近くの中間の島へと飛び立った。
いくら龍が強い存在だとて、飛行速度や飛行距離には限界があり、瞬間移動できるわけではない。シュラほどの手練れでも、もしオルデンが侵攻するつもりで現れたのなら、手遅れレベルの速度だ。
今しばしシュラは移動に専念する。
さて、黒龍の国は奔放な人柄の者が多い。酒場でのトラブルは日常茶飯事、店を壊したら負けた奴の自腹。黒龍の国の者も、魔力は潤沢にあるが、どちらかというと物理的に強いものが認められる傾向にある為、魔法の技術はそれほど重視されていないのが事実だ。
黒龍の国に生まれたからには、拳で来いやあ!というのが大体の黒龍人の考え方だった。王座も前述したように、腕っぷしに自信があるものが打倒現国王を掲げて襲ってくるのが日常だ。その挑戦者に敗北したり、挑戦から逃げた時、黒龍の国の王座は変わる。過激な実力主義と言えた。シュラはまだ四〇〇歳ほどで、年若い王である。だが、この無秩序な黒龍の国では、白龍の国ほどデリケートな政治的な仕事はあまりない。ただ強く、絶対的な存在でいることが王の意義なのである。
ここで龍人たちの成人年齢について触れておこう。通常龍人たちは、成長が早く、八十歳で成人とみなされる。人間からすると遅く感じるが、彼らの人生はそこから遥か数千年続くことを考えると、成人は早い方だろう。
やがて中間の島へと近づくと、シュラは色濃くオルデンの気配を感じる。
(間違いない、奴は来ている。何用だ?)
訝しく思いながらも、シュラは目的地を変えることはしない。戦争だと言うのなら、こちらにだって考えというものがある。正面衝突だったとしても臆したりしない。黒龍の国の民は、いつだって臨戦体制だと言っても過言ではない程に血気盛んである。貧弱な白龍の民が喚いたところで、負ける気なんてさらさらない。
群れるのを嫌う黒龍の民たちだが、自分たちの民族や風土、文化や領土が脅かされるとなると話は別である。群れるのを嫌うのはあくまでも自分たちが自由に生きられる環境の中での話だ。シュラもまた、同じ考えである。
過去何度も刃を交えた白龍の国と黒龍の国だが、お互い相容れないまま、今の領土に落ち着いて数百年が経過していた。最後に大きな衝突があったのは千年も前のこと。シュラが生まれてもいないカビた時代の話だ。というのはシュラにとっての話で、オルデンはその戦いで父を亡くしており、未だその恨みは健在と聞いたことがある。
「くだらない。」
シュラはオルデンの執念を一蹴する。シュラはこう考えているためだ。
いくら強靭に生まれた龍人とはいえ、いつかはその生に終わりを告げなければならないのだ、と。そう、龍人とはいえ不老不死ではない。怪我もするし病気にもなる。そしていつかは次の世代にバトンを渡して、この世を去るのだ。それが怪我でも病気でも事故でも戦でも、死は平等に訪れるのだ、と。
思考の海に沈みながら、シュラは飛行速度を緩めることはしない。
(仕掛けに来たのなら、そろそろお迎えがあってもいいはずだが。)
オルデンは用心深い性格だ。シュラのように単騎行動などするはずがない。絶対に取り巻きがいるはずで、これだけ距離が近づけば、シュラの気配も察知され、向こうから何らかのアクションがあるはずだと身構えていた。
奴の目的が読めない。
シュラはこんな経験は初めてだった。まだ四百年程度しか生きていないし、教育も適当にされてきた。王座に就いて数十年しか経っていないし、経験の浅さはどうしても出る。一方オルデンは生まれながらの王族で、二百歳にして王座を継いだ歴戦の猛者。自分の数百倍手練れだ。そういう意味ではシュラはオルデンに対してある意味敬意を抱いていた。
その日あんなことが起こらなければ。
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