9 シュメールの休日1
僕の名は、シュメール・ノックス。十六歳。
ノックスは偽名なんだけど、それは内緒。プラチナの都で、治療院をしている。
今日は休診日――
大聖堂の鐘の音が聞こえて、いつもよりすこし遅めに目が覚めた。隣にはペールネールがいて、静かに寝息を立てている。
ぴったりくっつけた二台のベッドに、僕らは別々に寝ている。眠ったときのまま、手を握り合わせたまま。
ペールネールは『
……でもそのために、ペールネールはうつぶせに寝なきゃならない。彼女はちっとも苦にしてないみたいだけど、ちょっと僕のわがままだよね……
窓には、ぶ厚いカーテンを二重にかけてある。太陽が出っぱなしのこの国で、僕らはいまだに、明るいなかで眠るのに慣れてない。
僕はベッドから降りて、ペールネールを起こさないよう、そっと部屋を出た。
(まだ寝てていいよ、休んでていいよ……)
扉の外は吹き抜けの、二階バルコニーだ。手すりから下をのぞけば、アトリウムの正方形の池が見える。上には、綺麗な青空。今日もいいお天気だ。
反対側の部屋に入り、すりガラスの窓をあける。
おっとその前に! オンジャが宝石の外に出てないか、細心の注意を払う。ウマールに見られた時みたいな事件は、まっぴらごめんだからね!
よし、と、僕は窓をひらいて、朝の新鮮な空気を吸い込んだ。
街の喧騒が聞こえてくる。下はすぐ表通りで、石畳の上を馬車や荷車がガタゴト行き交い、人々が笑顔で挨拶を交わしてる。パンの売り子が、高らかな声をあげている。
ベーコンを焼く匂い、スープを
東の空を見れば、昇ったばかりの第一の太陽ザルツがまぶしい。反対側には、第二の太陽シュクルが沈んだところ。
昼の国の人はザルツとシュクルを一瞬で見分ける。色が微妙に違うんだって。ザルツは黄色っぽくて、シュクルは青っぽいらしい。でも、僕とペールネールはいまだに見分けられない。うぅん、まったくおんなじに見えるんだけどなぁ……。
太陽の光は、いつ見ても感動的で圧倒される。これぞ昼の国。僕の心のなかに潜んだ暗闇を、焼き尽くすかのようだ。
(今日も楽しい一日を過ごそう。素晴らしい一日を過ごそう)
そう決心する。胸に希望が湧いてくる。
『人生を楽しめ!』
……それがオンジャ流の人生訓。
『不幸や悪夢を忘れるくらいに人生を楽しめた時、知恵と力は向こうからやってくるもんさ』
オンジャはいつも、口癖のようにそう言う。
物音がしたのでふり返ると、ペールネールが起きてきた。
鼻と鼻で軽くふれ、小鳥のように戯れ合ってから、おはようのキス。
一緒に階下に降りて、内庭でイチジクとビワをもぎとる。
朝食は、
夜の国から持ってきたインスタント宝石やナッツ類は、とうの昔になくなってしまった。
朝食の後、アトリウムの長椅子に腰掛けて、ゆっくりとお茶を飲みながら新聞を読むのが好きだ。夜の国を取り戻すためにも、情報収集は欠かせない。
ダイアーナルには、ポラントゥっていう木がたくさんある。この木は樹皮がやわらかくて、はがれやすくて、ぺろりと剥くだけで簡単に綺麗な紙ができる。だから紙作りが盛んで、印刷技術も発展してる。
僕とオンジャが新聞を読んでるあいだ、ペールネールは庭で、果樹や野菜やハーブの世話をしている。そして、鳥たちと会話をする。
僕が新聞を読むのと同じように、ペールネールは鳥から情報を集めてる。
僕は新聞に目を落とした。
【東部アルムルキアで、地震】
【第七王女、
【メネストロ・サーカス団、プラチナの都に
【財務大臣、またも汚職】
他にも、強盗や、殺人や……暗い記事が載っている。
昼の国の光はこんなに明るく、美しいのに、そこに住む人々の心は必ずしも、明るくも、美しくもない。このあいだのマルシェみたいに、強盗のようなやつもいる。
善人もいれば、悪人もいる。豊かな人もいれば、貧しい人もいる。僕はこの昼の国で、祖国のために、どんな知恵と力を見つけられるだろう……。
新聞を読みながら、なんとなくそんなことを考えていると、カツカツ! 玄関のノッカーが鳴らされた。
「おっと、きっぱりすっぱり、来客だぜ!」
オンジャが叫んで、さっと宝石のなかに引っ込んだ。
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