20 シュメール、新聞記事に驚く

 それから数日後――


 宿屋で新聞を見たシュメールは、ひっくり返りそうになった。


「え!?」


 見出しを読んだ途端、一気にアドレナリンが沸騰した。


 それは次のような記事だった。



【ダイアーナル国軍――国境付近で、夜の国の軍隊と対峙!】


【マルキネス将軍、夜の国の軍勢を追い払う!!】



 シュメールは、新聞にかぶりついた。


▼13日未明、ダイアーナル王国軍・第四師団・北方部隊三万騎は、夜の国との国境付近にあるバルタザールの野において、ノクターナル国の魔獣の軍勢一万と対峙した。


 ノクターナル軍は、ダイアーナル軍の輝ける威容を見た途端、これを恐れて背走。


 ダイアーナル軍の先陣に立った司令官は、グラッドリー・マルキネス将軍(25)。


 マルキネス将軍は「われらが軍の鍛え込まれた精兵たちと、素晴らしき装備は、夜の国の敵どもを恐怖に突き落とすのに充分なものである」と、頼もしく語った。



 シュメールはこの記事を、オンジャにも読ませた。


「どういうことだろう……」


 オンジャは開口一番、「すっぱりさっぱり、間違いだらけの記事だな!」と叫んだ。「この記者は、ディスアスターの魔獣どもを、ノクターナルの軍隊だと勘違いしたんだろうさ」


「そういうことか……」


「俺っちが想像するに、魔獣どもは昼の国を攻められるかどうか、確かめに来たんだろう。そして国境を越えたところで、太陽光を嫌い、後退した」


「ふうむ……」


「ディスアスターの魔獣どもが、魔法が使えない人間の軍隊を恐れるわけがない。太陽光が問題だったってわけさ。太陽は魔獣どもを弱らせ、狂わせ、苦しめる。やつらにとって太陽が輝く土地は、毒気に満ちた、魅力のない土地ってことを痛感したんだろう」


「じゃ、ダイアーナルには攻めてこないんだね。……とりあえず、安心していいのかな?」


「いいと思うぜ」


 シュメールは安堵のため息をついて、新聞を置いた。



  ☪ ⋆ ⋆



(昼の人々は、夜の国をどう思ってるんだろう?)


 シュメールとペールネールは部屋を出て、新聞を食堂に返しがてら、さりげなくその場で人々の様子を観察した。


 食堂には、旅の商人や労働者たちが入れかわり立ちかわり出入りしていた。日焼けした人が多い。案の定、記事を見た人々は驚き、騒ぎはじめた。


「うちの軍隊、強いじゃないか!」


「軍に任せとけば、安心だ!」


「夜の国って、よく知らねぇけど、ほんとに魔獣が住んでたんだな」


「くわばらくわばら」


 昼の国の人々はみな、夜の国を、魔物が棲む「人外魔境」だと思っている。


「安心しろ。やつらはこっちにゃ、出てこねぇよ。そんなこたぁ、長い歴史のなかでも一度だってない」


「そうなのか」


「ああ。それに、こっちからむこうに行くこともねぇしな」


「なんで?」


「だってあっちにゃ、太陽がないんだぜ。あるのは、闇と影だけよ。恐ろしい」


「太陽のない土地に暮らせなんて言われたら、ふるえあがっちまうぜ!」


「まったくだ」


 一生涯、夜を知らずに暮らし、体に影がない昼の国の人々は、闇と影とを極度に恐れている。夜の国に踏み入ろうとは、けして考えない。


(……ということは、ダイアーナルがノクターナルに攻め込むことはないってことか……)


 と、シュメールは考えた。


 食堂の隅で、また、別の事情通が話しはじめた。


「三万とか一万とか書いてあるけど、大本営だいほんえい発表だな。そんな数がいるはずねぇ」


「? どういうことさ」


「『国軍・三万騎』って書いとけば、それだけで恐れて、国内に反抗するものがいなくなる。『抑止力よくしりょく』ってやつさ」


「それを言うなら、『魔獣一万』のほうだって、いなかったかもしれねぇぜ」


「ありうるな! 軍事費拡充のための、でっちあげ記事かもしれねぇ」


 事情通たちは高々と自説を述べ立て、わいわいと騒ぎ合っている。興味を失ったシュメールは、ペールネールとうなずきあうと、部屋に戻った。



  ☪ ⋆ ⋆



 部屋に入るや、シュメールはドアを固く閉ざした。


「ペールネール」


「?」


 いつもと違う雰囲気を敏に感じて、ペールネールは、じっとパートナーの顔に視線をそそいだ。


「次に僕らがウグイス亭に泊まる時は、特別な時だ」


「特別な時……?」


「うん。その時ぼくらは、ノクターナルを取り戻すための知恵と力を手に入れているだろう。そしてウグイス亭に泊まって、朝目覚めたら、ふたりでまた夜の国に向けて出発するんだ。……その時こそ、僕は必ず、ダルクフォースを倒す」


 炎を胸のうちに燃え立たせ、シュメールは固く拳を握りしめた。


 ペールネールは息を飲み、真顔でうなずいた。


 ふたりの眼前に未来の映像があざやかに浮かびあがり、ふたつの心臓がドキドキと高鳴った。 


「必ず、ウグイス亭に戻って来よう」


「はい!」


 たったふたりきりの、夜の国人くにびと……シュメールとペールネールは互いの手を握りしめ、決意の瞳を見合わせた。


 ペールネールは心のなかで思った。


(そのとき、わたしはもっと強くなって、もっと賢くなって、シュメールさまを助けることができているかなぁ……)


 ふいにペールネールの胸に、ひとつの大きな課題が浮かびあがってきた。


(そうだ! ディープキス!)


 すっかり忘れていた! 次に夜の国に帰ってエレンに会う前に、なんとしてもその課題だけはクリアしておきたい。


 ふいにシュメールが目の前で、


「よし、やるぞ!」


 と、叫んだので、ペールネールはびっくりして飛びあがった。


「え!? 今ですか!? ……ま、まだちょっと、心の準備が……」


 ペールネールの悲鳴のような叫びに、逆にシュメールのほうがびっくりしてしまった。


「え? あ、今じゃなくて、次にウグイス亭に戻る時まで、色々とがんばろうって話だけど……」


(あ、キスの話じゃなかった……)


 ペールネールは恥ずかしさで背骨が煮えそうになった。


「ペールネール、なんで真っ赤になってんの?」


「いえいえいえいえ、色々と考えすぎちゃいまして……」


「そうだよね。あんな記事読んだら、考えすぎて、興奮しちゃうよね」


「は、はい……」


 シュメールはうまく誤解してくれた。


「今日はもう寝よっか」


 カーテンを厚く閉ざして、ふたりはそれぞれのベッドに横たわった。


「おやすみ、ペールネール」


「おやすみなさい、シュメールさま……」


 熱く火照る体を横たえて、ふたりは夢の翼に心をゆだねた。




 『第二章・昼の国』FIN




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 次回より、『インターミッション ~ 夜のリンネ』に入ります。


 物語は一旦、夜の国に戻ります。

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