19 約束

 三悪党を追い払ったシュメールたちは、また元のように、ロバを引いて歩きだした。


 しばらく街道を歩いたところで、思わぬことに、うしろから聞きおぼえのある声が飛んできた。


「シュメールーーー! ペールネールーーー!」


「え?」


 ふり返ってみれば、そこにはひとりの少年が、手をふりながら追いかけてくるのが見えた。……間違いない……ドングリまなこに団子鼻の、ウマールだった!


「ウマール!」


 全力で走ってきたウマールは、ふたりの前で、ぜぇぜぇはぁはぁ息をついた。それから、大きなバスケットを差し出した。


「これ、弁当! 婆ちゃんが持ってけって、しつこくてさ」


 シュメールは喜んで、すぐに受け取った。


「ありがとう! ずっと走ってきてくれたのかい? うれしいよ!」


 ウマールはシュメールの目を見て、照れくさそうに、へへっと笑った。頭にはシュメールが贈った、あの若草色のベレー帽をかぶっている。


 涼しい木陰を見つけて、お弁当のバスケットをひらき、三人は一緒にサンドイッチを頬張った。


「昨日、おいらはお茶とケーキをお盆に乗せて、ふたりの部屋に運んだんだ。そしたら部屋からシュメールの『ぎゃーーっ』って叫び声が聞こえて、聞きなれない男の声も聞こえたもんだからビックリして、『何事だ!?』って、少しひらいてた扉から首を突っ込んで、のぞいちまったんだ……」


(オンジャめ)


 と、シュメールは心の中で毒づいた。あの時オンジャが首を外したので、シュメールは、ぎゃーと叫んでしまったのだ。


 思い出しながら話すウマールの目には、不安の影が、色濃く浮かんでいた。


「そうしておいらは、恐ろしい影を見ちまった。黒い化け物みたいな影を……」


 シュメールは黒い夜の瞳で、ウマールの青い目をまっすぐに見つめた。


「ウマール、僕は君の事を、大切な友人だと思ってる。僕らの秘密を打ち明けるから、誰にも言わないでほしい」


「うん、わかった」


 ウマールはシュメールの瞳を見返して、うなずいた。


「僕らがタスニア小国から来たって話はウソで……ほんとうは僕らは、《夜の国》から来たんだ」


「……そうか……なんとなくそう思ったよ。夜の国の人には、影があるんだろ?」


「うん。だから、影を魔法で隠してるんだ」


「あの黒い化け物みたいのは?」


「あれも、僕の影なんだ。……でも、けして悪いやつじゃない。僕と一心同体で、けっして悪さはしない。アンヌさんの治療法を教えてくれたのも、あの影なんだよ」


「そうなんだ……」


 考え考え、ウマールはうなずいた。よく頭の回る、利発な少年なのだ。


「打ち明けてくれて、ありがとう。おいら、あんたたちの秘密を守るよ。誰にも言わない」


 そう言ってから、ウマールはどこを見るでもなく、遠くに視線を投げ、表情を暗くした。


「この国では、影は悪いものだって言われてる……。そう聞いて、ずっと育てられてきた。だから、おいら影のことを思うと、体がふるえるくらい怖くなっちまうんだ。許しておくれ」


「大丈夫、気にしないで」


「おいら、あんたたちのことが大好きで、本当の兄さんや姉さんみたく思ってた。あんたたちがウグイス亭からいなくなった途端、『また前みたいに仲よくなれたら、どんなに素敵だろう』って、その思いがあふれてきて、止められなくなって……。この緑色の帽子も、泣いてるみたいに見えたんだ……」


 ウマールは帽子に、そっと手を当てた。


「……そんな大切な思いに、二人がいなくなってから気づくなんてバカな話だけど……。それで、いても立ってもいられなくって、ウグイス亭を飛び出して、ずっとずっと走ってきたんだ。おいらたち、また、前みたいに仲よくなれるかな?」


「もちろん!」


 シュメールは顔を輝かせて、ウマールの肩を抱き寄せた。


「また、友達になろうよ!」


「本当かい!?」


 三人とも照れくさそうな笑顔を浮かべながら、三人で握手をして、仲直りした。


「この先また、夜の国へ帰る時は、ナール村に寄ってくれるかい?」と、ウマール。


 シュメールは、にっこり笑ってみせた。


「もちろん。必ず寄らせてもらう。泊まりはウグイス亭さ。ね、ペールネール」


「はい、もちろんです!」


 それを聞いて、ウマールのどんぐり目が輝いた。


「待ってるよ! 約束だぜ!」


「うん、約束する」


 それからウマールは、「ふたりを見送るから……」と言い張って、何キロもの道のりを一緒についてきてくれた。次の村に到着すると、親切に二人の宿の世話をしてから、ナール村へと帰っていった。


「シュメール、ペールネール、いつまでも友達だぜーー!」


「ウマール、元気で! アンヌさんによろしくね!」と、シュメール。


「元気でねーー!」と、ペールネール。


「また川に落っこちないように、気をつけてねーーっ」


 半分冗談、半分本気のウマールの声に、ペールネールは真っ赤になった。


 ウマールがふり返るたび、シュメールとペールネールは手をふった。お互いの姿が見えなくなるまで手をふりあって、三人は名残を惜しみながら、お別れした。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 仲直りできた、三人——!


 次回、第二章最終話です。



【今日の挿絵】

 シュメ&ペル、あま~いふたり?

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093089404158312

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