9 ウマール少年との出会い

 空は青々と晴れわたり、心地よい風が吹いている。


「なあ、オンジャ」


 と、木陰こかげに座ったシュメールは、首もとの宝石に語りかけた。


「なんだ?」


「ダルクフォース軍が、さらに南へ侵攻して、この昼の国に攻めてくる可能性ってあるのかな?」


「おお?」


「昨日さ、ウルフルとかいう、三獣士? に襲われて、そんな可能性もあるのかな……なんて……」


「いや、すっぱりきっぱり、ね」


「……なんで、言い切れる?」


常闇とこやみの魔獣どもは、太陽の光が苦手だからな。やつらは太陽の光に当たったら、動けなくなるか、力が弱って、気が狂っちまうかもしれない。本能的に太陽の光を受けつけないんだ」


「そうなんだ。……あ、だから、昨日のやつらも弱かったのかな……」


「そうかもな。ダルクフォースが攻めてくるとしたら、国境付近の《薄明の領域》までさ。昼の国には出てこられないし、出たいとも思わないだろう」


「そっか……」


 シュメールは、ホッと安心のため息をついた。



 少し離れた木陰では……こちらでも重大な会議が行なわれていた。ペールネールが宝石のなかのブリジットと話し合っている。


「ブリジット、シュメールさまとキスしないで」


 シュメールとブリジットがキスをした時、ペールネールの胸が、チクッと痛んだのだ。


『キスは特別なことだから、僕以外の人としちゃ、だめだよ』


 以前シュメールにそう言われたのを、ペールネールはしっかり覚えていた。


 ……シュメールさまだって、他の人としないでほしい……


 するとブリジットは、持ち前の、奔放ほんぽうな声をあげた。


「えー!? だって、あたいとあんたは同じなんだよ!? あたいはあんたと一心同体の影なんだから……。あんたが好きな物は、あたいの好きな物だし、あんたが好きな人は、あたいの好きな人なの!」


「そ、そうかもしれないけど……でも……」


 ペールネールは困って、どうしていいかわからない顔で、不満げに目をそらした。


 ブリジットは、ふぅと、ため息をついた。


「わかったよ、ペルちゃん! あんたが嫌なら、もうしないよ」


「……う、うん……」


 ブリジットが譲って、どうにか話はまとまった。




  ☪ ⋆ ⋆



 シュメールとペールネールは、ふたたび歩きはじめた。


 やがて、ダイアーナル王国の隣国の、タスニア小国からつながる街道を見つけた。


 一口に《昼の国》といっても、たくさんの国がある。ダイアーナルはそのなかでも最も大きく、強盛な王国だ。


 両側にヤナギの木が植えられている街道の左右には、のどやかな農地が広がっていた。


 この道のおかげで歩くのは楽になったが、人の姿もちらほらと見かけるようになって、にわかに緊張感が高まった。もちろんオンジャもブリジットも、じっと息を詰め、しっかり沈黙を守っている。


 畑で農作業をしている人々の顔を、シュメールはさりげなく、遠目でのぞき見た。影がなく、白くぼやけた感じがする。


「それにしても、太陽って、こんなにすごいんだね……暑い……」


「顔の上にのしかかってくるみたいです……」


 汗だくの顔を、ふたりは見合わせた。

 

 やがて、広い川に出た。船着場があって、木のはしけが見えた。


「兄さんたち、向こう岸へ行くのかい? おいらが渡してやるよ!」


 舟のなかにいた少年が、目ざとくシュメールたちに声をかけた。


「兄さんたち、タスニア小国の人かい?」


「うん、そうだよ……」


 少し戸惑いながら、シュメールはウソをついた。……それから、ごまかすようにして、少年に尋ねた。


「ダイアーナル王国は、川のあっち側かい?」


 金色の髪を弾ませて、少年はうなずいた。


「まあ、ここも一応、ダイアーナルなんだけどね。田舎いなかの端っこの端っこだけど。このナール川を渡れば、首都のプラチナの都につづく街道があるよ」


「じゃ、お願いするよ」


「オッケー!」


 言葉が問題なく通じることがわかって、シュメールはホッとした。


(そういえば、オンジャが言ってたっけ……はるか昔、《昼の国》の人間と《夜の国》の人間は一緒に暮らしてたって……)


 明るいクリーム色のシャツに、膝丈のズボンをはいたその少年は、シュメールに元気な青い目を向けた。


「おいら、ウマールってんだ。川の渡しもりで、向こう岸に宿屋も経営してるんだぜ!」


「よろしく、ウマール。僕はシュメール」


「シュメールとウマールか! なんだか似た名前で、気が合いそうだね!」


 少年はそう言うと、人なつこい顔で笑った。背が低くて、童顔で、どんぐりまなこで、団子だんご鼻だ。


「君、いくつ?」とシュメールは尋ねた。


「十四。あんたは?」


「十六」


「おいらのほうが子供だからって、めないでおくれよ」


「もちろん!」


「お代は持ってる?」


 シュメールはザックのなかから小さな袋を取り出すと、そのなかからダイヤモンドを一粒つまみあげた。


「これでいいかな?」


 途端にウマールは顔色を変え、豆がぜるように飛びあがった。


「ちょ、ちょい待ち! コインないの? 銅銭とか……」


「うん、これしかないんだ……」


 あちゃー、と、ウマールは手のひらをおでこに当てた。


「よし、じゃ、向こう岸に着いたら、おいらが両替商のとこ、連れてってやるよ」


「これじゃ、ダメなのかい?」


「冗談言っちゃいけない! そういう宝石は隠しといて、やたらめったら人に見せちゃいけないよ。宝石を見て、悪いことを考えるやつらもいるからね」


「悪いこと?」


「ブスリ!」と、ウーマルは右手の拳で、やわらかくシュメールの鳩尾みぞおちを突いた。


「兄さんを殺して、宝石を奪い取ろうとするやつらだって、この国にはいるんだぜ」


「そういうことか……」


 ウーマルは利発な目をきらめかせた。


「ま、とにかく舟に乗んなよ。そっちの美人のお姉さんは、カノジョ?」


「うん」


「ふうん、やるね!」


 けっけっけ、とウマールはいやらしく笑って、シュメールの腹を、肘で小突いた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 次回、川を渡って、ウマールの村へ――



(どこかで見たことがあるキャラだな……と思ってくれた読者様、正解!

 ウマールは鶯丸の転生……という裏設定です。


 そんな鶯丸の活躍は、こちら……

『ウグイスは、花の言葉を語るらん』

https://kakuyomu.jp/works/16817330668843689161



【今日の挿絵】

オンジャ、草原にて

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093088264133065

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