8 紅の牙《剣王》ウルフル
急に、がら空きになった背中に、狼男ウルフルは寒風を感じた。あわてて後ろをふり返った時には、すでに遅かった!
ドスドスドスッ
ペールネールの第二撃――羽根ナイフの連射が、ウルフルの背中にも突き刺さった。
「ギッエーーーーッ」
自称・ディスアスター最強の刺客は、ワイバーンの背中から転げ落ちると……地面に頭を打ちつけて、悶絶した……。
だが、まだワイバーンが暴れまわっている。
落下したウルフルには目もくれず、シュメールは剣をふり回しながら、叫んだ。
「このワイバーン、やっかいだ! オンジャ、どうすればいい?」
「すっぱりさっぱり、作戦変更だ! 戦うのをやめっべ! やつの頭に手をかざして、
「どういうこと?」
「あの三匹の誰かに、ワイバーンは呪縛され、コントロールされてる。そうでなきゃ操れない。ラファライトで魔力を浄化し、呪縛を断つ」
「なるほど――フォルメ・リング!」
剣を指輪に戻す。襲いかかって来たワイバーンの牙を、ひらりと
「オンジャ、どうすれば……」
「ブリジットとペールネールが来る!」
空中で華麗に旋回したペールネールが、あっという間に近づいてきた。ペールネールの腰のあたりから伸びた、影の鳥の大きな脚が、シュメールの肩をがっちり掴む。ふたりは空に舞いあがった。
「前に空を飛んで遊んだのが、いい練習になったね!」
とシュメール。
空中でワイバーンの追撃を交わし、うしろから、敵の頭に近づいた。
シュメールの詠唱とともに、その両手が神秘的な緑色の光につつまれてゆく――
「ペールネール、行くよ!」
「はい!」
ペールネールは急降下した。
「ワイバーン、君に祝福を――」
シュメールが飛竜の頭に取りついた。
「――
両手から、魔法の光が弾けた。
ワイバーンはもどかしげに大きく首をふって、シュメールをふり落とそうとした。何度も首をふりつづけたので、ついにシュメールたちは吹っ飛ばされた。ペールネールは全力で翼をふるって風を叩き、ワイバーンから離脱した。
「どうだ?」
ふり返った時にはもう、ワイバーンの動きは止まっていた。地面に降り立った飛竜は、われに返ったように左右を見まわし……それから、一度、二度、その場で大きく翼を羽ばたかせると、次の瞬間――北の空を目指して、飛び去っていった。
青空に吸い込まれるように、ワイバーンが小さくなっていく。
「行っちゃった……」
ペールネールは降下し、シュメールを地面におろした。
オンジャが言った。
「作戦どおりだ。
「ふうん」
「……ついでに俺っちの魔法で、ワイバーンの《魂の真名》もリセットしといたから、今までの名前は消えて、自動的に別の名前に置き換わったはず。呼び戻すこともできない」
「すごい! やっぱり君は賢いね、オンジャ!
「ヘヘーッ、すっかりちゃっかり、褒められちまった!」
浮かれながら宝石から出てきたオンジャは、みんなが見ている前で、変なダンスを踊りはじめた。
――この時、狼男ウルフルが、短い気絶から覚めた。
「ぬう……」
立ちあがったウルフルは、腰から二本の剣を抜き、目にも止まらぬ速さでふり回した。素晴らしい剣舞だ! ……《剣王》の名は、ダテではない。
「おお……」
その芸術的なまでのスピードに、シュメールは
(こいつ……スゴイぞ)
……でも、なんだろう? シュメールは冷静に相手を見つめた。
(ダルクフォースほどの圧力を感じない)
《黒薔薇の間》で魔皇帝とわたりあった……あの命がけの修羅場を経験したシュメールには、余裕と落ち着きがあった。
(見た事もないスゴ技だけど――充分、戦えそうだ!)
その耳元で、オンジャが囁く。
「俺っちが盾になって、剣を防ぐから安心しろ」
「頼む」
《生きた影》は斬られても痛みを感じないし、すぐに元に戻る。だから戦闘時には、心強い盾になる。
シュメールは気合を入れ、剣の柄を握りなおした。
じりじりと、相手との間合いを詰めてゆく。
ウルフルの眼にも、青白い炎が燃えている。暗紅色の二本の牙が、どろんとした
そして……
戦機が訪れた!
「ええいっ!」
「うりゃぁ!」
勝負は一瞬だった――
気づいた時には、ウルフルの二本の剣は弾き飛ばされ、背後の地面に突き刺さっていた。
シュメールは
「まだやるか!」
「うぅ……」
ウルフルは悲嘆の
彼の得意技は、剣を高速でふりまわすこと……ただそれだけだった! その高速のハッタリ技が通用しなかった時点で、残念――ウルフルの負けは決まったようなものだった。ちなみに《剣王》という尊称は、もちろん自称だ。
そして彼は……
……すぐさま逃げることにした。
ウルフルは全速力で後方に走り、バティスタ、ブータを助け起こすと、シュメールに向かって叫んだ。
「今日は、たまたまだ! たまたま俺たちの調子が悪かっただけよ。シュメール、必ず貴様の細首、叩き落としてくれる。覚悟してやがれ! 俺様はディスアスター最強の刺客、ウルフル! 悔しかったら、追っかけてきてみやがれーっっ!! げへへっ!」
ウルフルは尻尾のある尻をシュメールに向け、ぺんぺん叩いてバカにした。バティスタとブータも真似をして、尻を並べて、ぺんぺん叩く。
「
ペールネールが静かに、羽根ナイフを三本飛ばした。
ブスッ!
ザスッ!
ドスッ!
みっつの尻に、三本の羽が正確に突き立った。
「「「ギッエーーーーッ!!」」」
ほぼ同時に叫んだ三匹は、痛みに三メートルばかり飛びあがると、ひとかたまりの団子になって飛んで逃げた。
「あれがディスアスター軍……最強の刺客……?」
あきれる思いでつぶやきながら、シュメールは剣を指輪に戻した。
空から降りてきたペールネールを、シュメールは抱き寄せた。
「すごいよ、ペールネール! むちゃくちゃ強かった!」
「えへへ、ブリジットとたくさん練習したのです」
「ペールネール、ありがとう!」
シュメールが唇に軽くキスすると、ペールネールの頬が薔薇色に染まった。
「あー! あたいもー!」
と、ブリジットが宝石の中から顔を出す。
「わっ……」
と、のけぞるシュメールに、ブリジットは顔を近づけ、ちゅーっと唇を奪ってから、宝石のなかに戻っていった。
「あはは、キスされちゃった。ブリジットって、けっこうイタズラ者だよね」
「そうかも……」
と、ペールネールは何とも言えない、複雑な顔をしている。
「ブリジット、ありがとう! オンジャ、ありがとう!」
シュメールは影のふたりにもお礼を言った。
「はいはい」と、オンジャ。
「どういたしまして~」と、ブリジット。
こうしてあっけなく、三獣士は破れ去った。
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
最強の(?)刺客を撃退した、シュメールたち!
次回はいよいよ、昼の国の人間がいる場所に――
【今日の挿絵】
ワイバーンと闘う、シュメール王子
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