7 刺客襲来

 《昼の国》――


 太陽の沈まぬこの国にも、時間はある。


 東から南へ昇った太陽が、夕方には西の空を赤く染める。夕陽が沈まんとするその時、東の空に第二の太陽が昇ってくる。『ザルツ』と『シュクル』……ザルツ砂糖シュクル……そう名づけられたふたつの太陽が、かわるがわる交代して、永遠の昼をつむいでいる。



「――昔はな、人間はぜんぶ、この昼の国で混ざり合って暮らしてたんだぜ」


 と、オンジャが宝石のなかから教えてくれた。


 初めて聞く話に、シュメールは驚きの声をあげた。


「え? 夜の国には人間はいなかったってこと?」


「そうさ。人間はみんな、昼の国に住んでた。……だけど影のない人間たちは、影がある人間を恐れて、差別し、迫害し、夜の国に追いやったんだ」


「迫害!?」


「ああ。たちは、自分たちこそ《真の人間》だという優越感に満たされてた。その優越感の裏側に、影のある人間への恐怖があったのさ。恐怖に突き動かされて、迫害せずにはいられなかったんだな」


「……ひどい……」


「しかたなく、影のある人間たちはみんな夜の国へ逃げて、そこで小人たちに受け入れられて、今の夜の国が出来あがったんだ」


「それって、いったいどれくらい昔のこと?」


「千年以上、昔さ……」


 そんなふうにオンジャは、いろいろなことを教えてくれた。



 旅をつづけながらも、シュメールは剣のトレーニングを欠かさなかった。


 シュメールが体を動かしているあいだ、ペールネールはブリジットに攻撃魔法の使い方を教えてもらった。その成果を発揮する時は、すぐにやってきた。



  ☪ ⋆ ⋆



 シュメールたちの頭上に、突如、巨大な翼の音が近づいてきた。それは全長十メートルもある、翼あるドラゴン――ワイバーンだった!


 その背中には、手綱たづなを握って、三匹の魔獣が乗っていた。


 先頭に座っているのは、頭が狼、体が人間――くれないの牙、《剣王》ウルフル。


 その後ろに、豚に似た顔の巨体のオーク――《怪力王》ブータ。


 さらにその後ろには、頭が蝙蝠こうもり、腕は黒い翼、体は人間――《ねむらずの魔道師》バティスタ。


 いずれも凶悪な顔つき……鼻も口もゆがみねじれて、影が深く、悪どい顔つきをしている。


 先頭のウルフルが、シュメールにむかって叫んだ。


「ゲヘヘッ、俺たちはディスアスター最強の刺客! ウルフル、ブータ、バティスタ……最強の三獣士よ! 亡国の王子シュメール、貴様を血祭りにあげにやってきた!」


 ワイバーンの翼が起こす凄まじい風圧で、草や土埃つちぼこりが舞いあがり、シュメールもペールネールも、思わず両腕で頭をかばった。


 両腕のすきまから目を細め、シュメールは注意ぶかく敵を観察した。『敵をよく観察せよ』とは、師ボルカヌスの教えだ。


 三獣士の体にも、ワイバーンの体にも、黒い影が見えた。


「オンジャ、あいつらの影は?」


「大丈夫だ! あいつらの影は、


 オンジャやブリジットのような《生きた影》ではなく、本体に応じて動く、《ただの影》ということだ。


「常闇の魔獣には、《生きた影》はできない」


「……なら安心だ! フォルメ・ソード!」


 シュメールの右手に、黄金の剣スタークリエーターが現れた。ワイバーンは大きな翼で風をかきまわしながら、上空からシュメールに襲いかかった。



 その一方で、ワイバーンの背中から、コウモリ男バティスタが飛びあがった。翼にある爪で、三日月刀を握っている。


 ペールネールは毅然きぜんとした顔で翼をはためかせ、勇敢にも、空中でバティスタの前に立ちふさがった。


「ふぇっふぇ~、とんでもない美少女が出てきやがった! 痛い目にあいたくなかったら、すっこんでな!」


 バティスタの顔は、黒い蝙蝠こうもりそのもの。つぶれた豚鼻の醜い顔に、薄ら笑いを浮かべている。ペールネールとバティスタの対決は、まるで天使と悪魔の闘いだ。


「俺の名はバティスタ。お前の名は?」


「ペールネール……」


 答えなくてもいいのに、ペールネールはまじめに答えてしまった。


「敵に名前を教えなーい!」


 と、あわててブリジットが宝石のなかから注意した。


「ごめんなさい!」


 ペールネールもあわてて背筋を伸ばす。


 やれやれ、とブリジットはため息をつくと、落ち着いた声で指示を飛ばした。


「じゃ、気を取り直して、まず羽根ひとつから、やってみよっか」


「はい。影羽刀エペリム――」


 呪文を唱えるなり、しゅん、と、ペールネールの頭の横に、羽根の形をした影のナイフが現れた。この黒い羽根型のナイフは、ブリジットの魔法が造り出した、実体のナイフだ。ペールネールの意志とブリジットのコントロールで、思いどおりに飛ばすことができる。


「じゃ、やってみるね!」


 ペールネールはバティスタの頭に狙いを定めると、右手をふりあげ、ゆっくりとナイフを投げる仕草をした。


「えい!」


 シュウッ――!


 羽根ナイフは風を切って飛んでゆき――あっというまにバティスタの眉間みけんに突き刺さった。


「ぐぇぇ!? なんか刺さったァ?」


 寄り目になったバティスタ……その眉間から、ぴゅっと青い血が噴き出した。そして、木の葉が舞い散るように落下――地面にバウンドして、気絶してしまった。


(よ、弱い――?)


 あっけなく勝ってしまったので、ペールネールは驚いた。


「よし、上出来!」


 ブリジットの上機嫌の声が聞こえた。


「……次、連射攻撃、行こうか! あのワイバーンに後ろから近づいて、背中に乗ってるやつらを撃ち落す」


「はい!」


 ペールネールも気分が乗ってきた。


 ワイバーンはシュメールを相手に、牙の並んだ凶悪な口で噛みつこうとしている。その攻撃をけても、ウロコのぎっしりと生えた強靭な脚でつかみかかってくる。


 ワイバーンの背中には手綱を握って、ウルフルとブータが乗っている。ペールネールは空中を飛んで、そっと後ろから近づいた。


影羽連弾エペリム・プリー――!」


 呪文とともに、さっと右腕を前へふりおろした。たくさんの羽根ナイフが連なって飛んで行き、


 ドスドスドスッ


 ブータの大きな背中に次々と突き刺さった。……ブータは無言のまま、ワイバーンの背中から転がり落ちていった!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 ペールネール、強い!


  ――あれ? それとも、三銃士が弱い!?



【今日の挿絵】

ペールネールさん、絶好調!

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093088150608678

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