6 暗殺指令

 旧アル・ポラリス城――今は改名して、ディスアスター城。


 城の庭では、酔っ払った雑兵たちのケンカが絶えなかった。この夜も、オークどうしが激昂げっこうして殴り合っていた。


 そんなところへ――


「つまんねえケンカは、やめやがれ!」


 と、一人、ガタイのいい男が現れた。筋肉質の大きな体……しかし頭から上は、恐ろしい狼だ。口から飛び出した、あかい、長い、二本の牙。肩からボロボロのマントを羽織り、右手には火酒の壺。


 狼男は酒をぐびぐびあおると、壺を投げ捨て、口元のよだれをぬぐった。


「俺はくれないの牙、《剣王》ウルフル!」


 そう言った次の瞬間、腰から二本の剣を引き抜き、空中で素早くふりまわした。ぶんぶんと風がうなり、刃が月光を反射して、鋭い光を飛び散らせる。


 この超絶な剣さばきに、雑兵たちはみな驚き、口をぽかんとあけて、ケンカをやめてしまった。


「すげぇぇぇ! あの重たい剣を、まるで布キレのようにふりまわしやがる!!」


 たちまち絶賛の声が飛び交った。


 ところが、ケンカ見物けんぶつを楽しんでいたオーガーのひとりは、狼男のでしゃばりが気に食わなかったようだ。


くれない! てめぇ! すっ込んでやがれ」


 言われたウルフルは恐れも見せず、片方の眉を高々とあげて、オーガーをにらみつけた。


「あぁ? オレ様とやろうってのか?」


 魔獣たちの目のあいだに火花が散った。オーガーは醜い唇をゆがめ、にやりと笑った。


「ちょうどいい! 紅、てめぇのその汚らしい赤い牙、へし折ってくれるわ!」


 身長三メートルのオーガーが、たちまち殴りかかってきた。


 するとその時――


 ウルフルの横から、サッと大きなオークが現れて、オーガーの鳩尾みぞおちにタックルを食らわせた! そしてオーガーの巨大な体を、いとも簡単に投げ飛ばしてしまったのである。


 オーガーの体は城壁に激しく叩きつけられ、そのまま崩れこみ、気を失った。


 オークのほうは、


「ブォォォォォ!」


 と叫ぶと、天に拳をふりあげ、激しく胸を叩き、おのれの力を誇示した。


 この怪力オークの名は、『ブータ』。……ウルフルの弟分で、オーク一の腕力の持ち主だ。鉄の玉をくっつけ合わせたような醜い顔に、てらてらとしたあぶらが光っている。


 ウルフルは、ぺっと唾を吐き捨てた。


「けっ、つまらねぇ。俺が出る幕もなかったようだな」


 素早い仕草で、二本の剣を鞘に収めた。


 その時――


「お前が、紅の牙、ウルフルか!」


 と、天の一角から、鋭い女の声が降ってきた。ザワンザワンと巨大な翼のはばたきが聞こえ、月光を浴びながら庭の中央に舞い降りてきたのは、《猛禽もうきんの魔女》ダルコネーザだった。


 ディス・アスターいちの、美人である。金髪碧眼。高い背丈、長すぎる脚、美しいプロポーション。大きな胸の谷間をあらわにした黒のワンピース。フードのついた長いコートを羽織っている。


 吊りあがった鋭い目、高い鼻、裂けそうに大きな唇。一見、華やかで美しい顔をしているが、笑ったり怒ったりして表情が動いた時には、化け物じみて見える。


(幹部!)


 ウルフルはすぐに、ダルコネーザの前に膝をついた。


「いかにも! 紅の牙、剣王ウルフルにございます」


 ダルコネーザは、やや偉ぶった感じに顎をあげながら、興味深そうにウルフルの全身を眺め回した。


「なかなかに素晴らしい剣の舞いじゃった! その怪力オークは子分か?」


「はっ、弟分の、《怪力王》ブータでございます」


 ダルコネーザはうなずいた。


「よし! お前たちに指令を与える! ノクターナルの王子シュメールが、南へ逃げたとの目撃情報が入った。おそらくは昼の国へ逃れるつもりであろう。お前はシュメールを追い、始末せよ。首を持ち帰れ!」


「ハァッ!」


「見よ!」


 ダルコネーザは、ウルフルの足元に、黒い水晶玉を投げた。その水晶玉から、上にむかって青い光が放射され、玉座に座ったシュメールの精細な立体映像が、空間に立ちあがった。


「そいつがシュメールだ。その水晶玉を持っていけ!」


 ウルフルはかしこまった。


「ハッ……。この映像があれば、多少は助けになりましょうが、それよりも……」


「ん? なんだ、申してみよ」


「ハッ。シュメールとやらの、衣服をいただきたいのです」


「服? なぜだ?」


「俺はダルクフォース軍で一番、鼻の利く男。……匂いで追跡いたします」


「なるほど……頼もしいやつよ」


 その言葉に、ウルフルは耳まで裂けた口を、にやりと歪ませた。


「それから、もうひとり、ご紹介したい弟分がおります」


 ウルフルはダルコネーザを連れ、城外の広場に移動した。


 その地面には、すでに大きな幾何学模様……魔方陣が描かれていた。


 魔方陣を描いていたのは、背の低い、黒づくめの服を来た人間だ。……いや、違う。その顔はシワだらけで、鼻が豚のように上向き、口には牙が見える。頭がコウモリなのだ。腕の下には、黒い皮膜ひまくの翼が広がっている。


 ウルフルが言った。


「わが弟分、《ねむらずの魔導師》バティスタでございます!」


 コウモリ男・バティスタは醜い顔を歪めて笑いながら、ダルコネーザのほうを向いた。


「ふぇっふぇっふぇ、ちょうど今、魔方陣が完成したところでございます。これから、わが召還魔法をお見せいたしましょう」


 バティスタは詠唱をはじめた。




 翼ある巨獣、『アバロス』よ――!


 われ、が魂の、まことの名を得たり


 由旬ゆしゅん宇内うだいを超越し


 常闇とこやみ奥城おくつきより、が実体見せよ


 魔獣召還テラスキシー――




 魔方陣が七色に輝き、異空間への扉がひらいた。その光のなかから、あっというまに巨大な魔獣が、身をもだえさせるように飛び出してきた。


「おお!」と、ダルコネーザは思わず叫び声をあげた。


 巨獣の羽ばたく風が、重たい威圧とともに吹きつける。――それは翼ある巨大竜、ワイバーンだった!


 激しい風を腕で防ぎながら、ダルコネーザは叫んだ。


「なんとすごい魔法じゃ!」


「フェッフェッフェ、ダルコネーザ様ならお分かりかと思いますが……私はこの世のすべての記録が書かれている霊界のデータベース『アカシック・レコード』にアクセスし、魔獣どもの『魂の真名』を探り当てます。その魂の真の名前をキーワードにして、魔獣を引き寄せ、召還するのです」


「……まさか、このような凄腕すごうでの魔導師が、わが軍におろうとはな」


 感心しきったダルコネーザは、何度となく首をうなずかせた。


 狼男ウルフルが自慢げに、野獣の瞳を爛々らんらんと輝かせた。


「まわりの者たちは、俺たち三人を心底恐れ、《三獣士》と呼んでいます」


「三獣士か……」


 ダルコネーザはつやめく紅い唇に、凄まじい笑みを浮かべた。みずから見出した三獣士の力量に、心底満足したようだった。


「ウルフル、ブータ、バティスタ! 貴様ら三獣士は、今すぐシュメールの暗殺に向かえ! やつの首を持ち帰らば、褒美ほうびは望みのままぞ!」


「ハハァ!」


 ワイバーンの背中にくらえると、恐ろしい三匹の刺客はシュメールを追って、南へと飛び立った。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 ダルクフォース軍から放たれた、強力な刺客――!


 シュメールの命が危うい!!



【今日の挿絵】

《ねむらずの魔導師》バティスタ

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093088084327002



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