4 空を飛ぼう

 ひまわりの林を抜けて丘をのぼりきると、その向こうはずっと下り斜面で、たけの低い草原がつづいていた。


 いよいよ高く昇ってきた太陽に、気温は汗ばむほど。風が吹けば、瑞々しい草の匂いが立ちのぼる。ずっとむこうのほうまで、草の波がきらめきながら、やわらかくたなびいて、風の通り道を教えてくれていた。


「気持ちいい景色!」


 と、顔を輝かせるペールネールに、シュメールはうなずきながら言った。


「こんな緑の斜面を、鳥になって飛んで行ったら、気持ちいいだろうなぁ」


 なにげないその言葉を聞いて、ブリジットが宝石のなかから叫んだ。


「じゃ、やろうよ! 楽しいこと大好き!」


「人の姿も見えないし、やるべやるべ」と、オンジャも賛成する。


「いいけど、どうやるの?」と、シュメール。


「あたいに考えがあるんだー」と、ブリジット。「あたいが魔法で大きな鳥の脚を出して、シュメールさまの肩をつかんで、固定する」


「ふむふむ」


「で、ペールネールは《天使態》になって、あたいの翼も背中から出して、四枚の翼で飛ぶんだ。どう?」


「やってみよう!」


「じゃ、行きますよー!」


 ペールネールが四枚の翼を羽ばたかせ、颯爽と宙に飛びあがった。ペールネールの腰のあたりから、影の鳥の脚がニョキッと伸びて、シュメールの肩をつかむ。シュメールも両手で、鳥の脚を掴んだ。


「シュメールさま、走って走って」


 と、ブリジット。


「よし!」


 言われるままに、シュメールは斜面を駆けおりた。


 勢いがつくにつれ、足が地面から離れ、空中に浮かびあがった。たちまち風を切って、スリル満点の、楽しい空中旅行がはじまった!


 気持ちよく晴れわたった空に、真っ白な雲がぽわぽわと浮かんでいる。緑の丘が、いくつもいくつも、なだらかにつらなっている。


「うっわー! すごい景色!」


 ふと横をみると、白い渡り鳥の隊列が、波のように照りひらめいて、風と一緒にすべり降りてゆくところだった。


(鳥の一員になったみたいだ!)


 ワクワクが止まらない。


 耳元をごうごうと吹き過ぎてゆく風の音に負けないように、シュメールは叫んだ。


「ペールネール、疲れない?」


「大丈夫です。ブリジットの翼があるから、とても軽く感じます! Si Haut!」


 ブリジットがシュメールを支えてくれているので、ペールネールは飛ぶことだけに集中できた。四枚の翼をたくみに操り、力強く風を操る。


 流れ過ぎてゆく丘の景色を見つめながら、シュメールは思った。


(空を飛ぶのって、なんて素晴らしいんだろう! 突き抜けるような快感……そして、かぎりない自由! 僕はいつでも空を飛べるんだ……このと一緒なら……)


 シュメールは、ペールネールを抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。 


 胸が大きく高鳴る。


 今、四人はひとつの鳥になっていた。


(僕たちは飛べる――どこまでも、どこまでも、んで行ける……)


 いくつめかの丘を越えたとき、ぱっと前方に、左右にどこまでもつづく銀色の帯が現れた。太陽の輝きを赤裸々に受け、ぎらぎらと反射して、目が痛くなるほどだ。


「川……だ」


 ほんのすこし、風が冷たくなった。ゆったりと流れる波の音が、水の匂いとともに急速に近づいてきた。みんなの姿が水面に映り、色彩のかたまりとなって、なだらかに滑ってゆく。


 オンジャが宝石のなかから言った。


「だいぶ飛んできたから、こっから向こうは、人がいっかもしんねぇぜ」


「じゃ、見つからないようにしなきゃ。川の向こうに降りよう!」


 すこし名残惜しい気もしながら、シュメールは言った。


 ようやく渡りきったところで、ペールネールは減速して、降下した。シュメールは足を走らせながら、草の地面に着陸した。


「おっとっと……」


 体が止まっても、まだふわふわしている。


 ペールネールも着地して、翼を消し、《人間態》で駆け寄ってきた。シュメールは息を弾ませながら、ペールネールの手をとった。


「すっごく面白かった! ありがとう!」


「わたしもです!」


 涼しい水辺の風が吹いてきて、心地よく汗を冷やしてくれた。


 そこからふたりは、手をつないで歩いた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 楽しい空中旅行に、四人の呼吸はぴったり!




 ※ Si Haut! …… 夜鶯の鳴き声。フランス語。


 「私は今、とても高いところにいる」の意味。英語の「So High!」



 ちなみにペールネール語は、以下のようになっています。。。


 Si Haut! …… 絶好調!

 シオシオ! …… 調子いい! 機嫌いいな。

 しおしお …… ダウン……。もうダメ。気絶寸前。 




【今日の挿絵】

昼の国ではしゃぐふたり

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093086616660776

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