3 生きた影、オンジャとブリジット

 彼らはただの影ではなく、さわれば人間の質感があり、手でつかむことができた。


 オンジャは賢そうな口ぶりで、説明した。


「俺っちたち、《生きた影》は、実体なのさ。しかも本体の動きとは関係なく、勝手に動けるし、物にもれられる。握手しようぜ」


 オンジャが差し出した手を、シュメールはギュッと握ってみた。ペールネールもブリジットと握手してみた。さわり心地も、ぬくもりも、人間と変わらない。


 オンジャが説明をつづけた。


「夜の森には、強力な魔力が働いてるのさ。その影響で、夜の国の住人はみんな《生きた影》を持ってる」


「みんな?」


「そう。でも《生きた影》は、夜の国では喋れない、動けない、《ただの影》に過ぎない。昼の国の強烈な太陽エネルギーを受けると、初めて《生きた影》になれるんだ」


「そういうことだったんだ」


 シュメールとペールネールは感心のため息をついた。


 オンジャはうなずいて、


「ま、そういうわけで、シュメール、ペールネール、ちゃっかりちゃっきり、よろしくな。これからは四人で仲よくやっていこうや」


「ちょ、ちょっと待った。昼の国の住人に見つからないように、《影》を隠さなきゃいけないんだけど……」


 シュメールの言葉に、オンジャはうなずいた。


「わかってるって! 《影吸いの宝石》を出してみな」


 ふたりはそれぞれ襟元えりもとから、影吸いの首飾りを取り出した。宝石には《魔力封じ》の袋がかぶせられていて、効力は消えている。


「その袋をはずすと、宝石の魔力が働いて、俺っちは宝石のなかに吸い込まれる。やってみな」


 シュメールが袋をはずすと、オンジャの黒い体が宝石のなかに消えた。それと同時に、綿わたがインクを吸い込むように、真珠色の宝石が、黒く染まった。


 宝石のなかから、オンジャが声だけ出した。


「これで《生きた影》も《ただの影》も、すべての影が吸い込まれて、お前は昼の国の住人と同じになった。すっかりすっきり、影なし人間ってわけさ!」


 オンジャはまた、すっと宝石のなかから出てきた。


「俺っちたち《生きた影》は、宝石の中へも外へも、自由に出入りできる」


 そう言って、また宝石のなかに戻った。


 ペールネールも自分の宝石から袋を外した。ブリジットが宝石のなかに吸い込まれ、ペールネールの顔や首から影が消えた。


 シュメールは目をしばたかせた。ペールネールの顔が、ぼんやり輝いているように、錯覚して見える。


「影が無いって、すごく変! なんか、目がおかしくなったみたいに感じる……」

 

「わたしも……しおしお……」


 懸命に自分の目をこするふたりを見て、オンジャは宝石のなかで笑い声をあげた。


「すぐに慣れるって」


 それよりもオンジャは気になることがあるようで、くんくん鼻を鳴らしながら、文句をつけはじめた。


「なんか、この宝石のなか、カビ臭くねぇか!?」


「思った! くっさー!」と、ブリジットも同意だ。


「この宝石、ずっと風に当たってなかったからなぁ! 大掃除が必要だぞ! ブリジット、お前、消臭魔法とか知らねー?」


「あー、知ってるよ」


「じゃ、こっち来て、かけてくれよ。頼むわ」


「ほいほい」


 ブリジットは自分の宝石を出ると、オンジャの宝石に入り、消臭の魔法をかけた。外に出てきたブリジットに、ペールネールは目を丸くして尋ねた。


「ブリジット、魔法使いなの?」


「まあね! 色々できるよ!」


「すごい!」


 ブリジットは妹をかわいがるように、ペールネールのやわらかいほっぺを、人差し指でちょこんと突いた。


 そんなふたりを見ながら、オンジャが言った。


「ペールネールは羽なしの、《人間態》になってくれ。昼の国の住人は人間ばっかだから、羽が生えてるのを見たら、びっくりどっきり、大騒ぎになっちゃうぜ」


 それを聞いたペールネールは、あわててあんず色の翼を消して、《人間態》になった。


「さあ、これで準備は万端だ」


 本体がふたりと、影がふたり……四人は輪になって、向かい合った。


 ブリジットが力強い声で音頭おんどをとった。


「あたいたちの目的は、ひとつ。この昼の国で、夜の国を取り戻すための、知恵と力を見つけること――」


 言いながら、ブリジットが右手を出す。オンジャがその上に黒い右手をのっける。シュメールもペールネールもうなずきながら、右手を乗せた。


「四人で力を合わせて、がんばろう!」


「「「おー!」」」


 四人は右腕をあげて、青空に解き放った。


 知識ゆたかなオンジャ、力強く仕切ってくれるブリジット……ふたりとも、協力的で、陽気だった。


(旅の不安が、一気に吹っ飛んじゃった!)


 シュメールとペールネールは笑顔を見合わせた。昼の国のまぶしい青空の下で、ふたりとも心が晴れ晴れとしてきた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 急に現れた、強力な味方――!


 ふたり=四人の、未知の冒険がはじまる!



【今日の挿絵】

オンジャ

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093087725923238

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