2 ふたり = 四人!?

 それぞれ温泉を堪能したシュメールとペールネールは、ざぶざぶと川を渡って、向こう岸に移動した。


 ベルベットのようなやわらかなこけえている場所で、ふたりは寄り添いながら眠った。


 ――月が昇った。


 ふたりはまた、森のなかを歩いた。方角は、ペールネールの鳥の本能が教えてくれる。夜の国の住人は、わずかな光でも夜目が利く。時々、美味しい果実を見つけて、ふたりで分けあって食べた。


 木の根っこが網の目のように張り出し、森の地面はでこぼこになっている。その上に苔も生えて滑りやすいので、けっこう危ない。


 ペールネールは翼を使って、ちょんちょんと跳びながら歩くから、転ばない。シュメールのほうは時々つまづいた。そんな時は、すぐにペールネールが手をさしのべてくれる。


「ありがとう」


 そう言って手を握ると、ペールネールはにっこりと微笑みを返してくれる。ふたりとも一緒にいられるのが幸せすぎて、あっという間に時間が過ぎていった。


 民家があれば、避難を呼びかけて情報を伝え、食べ物や着る物を分けてもらった。


 やがてだんだんと、森がほの青く、明るくなってきた。月の色も、まるで氷が溶けるように、白くかすれてゆく。


「昼の国が近づいてる……」


 ふたりとも、自然と足が速まった。



 ――やがて、ついにその時がやってきた。



「うわぁっ」


 目もくらむような光が、大樹のむこうから躍り出た。その圧倒的な光をけようとして、ふたりとも反射的に両目をつむり、体をそむけた。夜の国の住人にとっては、強烈すぎ、新鮮すぎる光だった。


 手を固く握りあい、お互いをかばうように体を寄せながら、おそるおそる目をひらくと……そこはもう、森の終わりだった。


 どこまでも澄みわたった昼の空が、高く、青く、ふたりの目の前に広がっていた!


「着いた……のかな?」


「……みたいですね……!」


 どくどくとこめかみが脈打ち、心臓がおどり跳ね、体がふんわりと浮きあがりそうだ。


 ふたりは腕を取り合い、笑顔を見合わせ、そしてはじけるように「やった、やった!」と、その場ではしゃぎ回った。



 ――東の空の低い場所に、目がつぶれそうなほど眩しい白球が浮かんで、大地を照らしていた。


「あれが……太陽……? ……ほんとうに、目がつぶれそうだ……」


 目が痛くなって、シュメールは太陽を見るのをあきらめた。耳の奥に、なつかしい料理長ムーシュカの声がよみがえってきた――


『昼の国には、太陽があります』


『太陽? なにそれ』


『えーーと……月に似たもので……空に浮かんでいて……月の千倍、いや、一億倍は明るいでしょう』


『まさか!』


『いや、本当です。見たら、目がつぶれます』


『まさかまさか!』


 ……あの時、シュメールが笑い飛ばしたので、料理長は怒ったのだ。


(ムーシュカ……笑ってごめん……君の言ったとおりだった)


 なつかしい小人の友人の、金色の長髭ながひげをしみじみ思い浮かべ、シュメールは心のなかで謝った。


 それから突然、シュメールは真っ青になって、まぶたを押さえこんだ。


「たいへんだ! 目をつぶっても、太陽が消えない! 目に焼き付いちゃった!」


 眼のなかに、白い塊が居座りつづけている。


「ええ!? どうすれば!?」と、ペールネールもあわてた。


「ペールネール、太陽を見ちゃダメだよ」


「もう見ちゃいました!」


「どうしよう! ……一生いっしょう消えなかったら?」


「ええ!? そんな!」


 ふたりは本気で心配して、おろおろと、まぶたを押さえながら歩きまわった。


 ……だが、もちろん、たいしたことはなく……


 焼きつきのことは、そのうちにすっかり忘れてしまった。というのも、目の前に、驚愕の光景がひろがっていたからだ。


 それは、おびただしいばかりの、黄色……


 ひまわりの花だった!


 幾千万いくせんまんのひまわりの花々が、歌いさざめくように、地平のむこうまでどこまでも並んで、夜の国から来たふたりを迎えてくれた。


「うわー、すごい色!」


 燃えるような黄色と、抜けるような空の青色が、ぴったりと調和している。


「黄色も青も、夜の国で見るのと、ぜんぜん違う!」


 シュメールの言葉に、ペールネールも感動をこめて、深々とうなずいた。


「くっきりして、生き生きして、飛び出してくるみたいです!」


 近づいてみると、ひまわりの花は見あげるほどに背が高かった。ひまわりの林だ。ふたりは花をかきわけながら、黄色と緑の迷宮のなかを進んでいった。


 白い太陽の光、


 青と黄色と緑、


 花の影……


 そのような美しい明暗が、頭上から吹雪のように降りそそいでくる。小さな蜜蜂が、ぶんと耳をくすぐるような音を立て、光の曲線を描きながら飛んでゆく。地面からは、草の焼ける匂い、土の焼ける匂いが立ちのぼってくる。


 そのうちに、少しひらけた場所に出た。


 地面には黒い影が、寄り添うように、動きを真似るように、ぴったりくっついてくる。それは夜の国で見るよりも、断然、くっきりとしていた。


「見て、ペールネール。影がすごく、はっきりしてる!」


「ほんとですね! 影まで、まぶしく見えるみたい! !」


「黒明るい? ははっ、変な言葉!」


 シュメールは思わず噴き出した。……でも、確かにそう見える。黒くて明るい。


 その時だった――


「アハハ!」


 突然、聞きなれない男の笑い声が響いた。「『黒明るい』か! びっくりしゃっくり、ヘンテコな言葉だ! アハハ!」


 シュメールとペールネールはびっくりして飛びあがった。


「え?」


「誰だ!?」


 きょろきょろとまわりを見回したが、誰の姿もない。


「おいおい、ここだよ、ここ! お前たちの目の前!」


 声はすれども、姿は見えない。


「あ!」


 と、シュメールが指さしたのは――自分の影だった!


「ふぁぁ、これが娑婆しゃばかよ!」


 ふたりの目の前で、黒い影は空中に伸びあがり、手足を長々と広げて、大きくノビをした。


「きゃっ」と、小さく叫んで逃げるペールネールを、シュメールは護るように、しっかり抱き寄せた。


姉上リンネや長老たちから、ほんの少しだけ話には聞いてたけど……こういうことだったのか……」


 その影は、ただの影ではなかった。黒い人間の形をした、立体だ。やたらと馴れ馴れしい態度で、ペールネールの反対側からシュメールに肩を組んできた。


「シュメール、俺っち、オンジャってんだ。お前の影だよ!」


「ぼくの影……」


 シュメールは言葉を失って、茫然と見つめた。ペールネールも驚きのあまり、目を丸くして叫んだ。


「影って、しゃべるんですか?」


「おうよ、ペルちゃん! 夜の国の住人の影は、しゃべるのさ」


 と、影のオンジャが得意げに答えた。「ただし、昼の国に出ないと、ダメだけどな……。太陽のエネルギーによって、俺っちたちは実体化するんだ」


「俺っちたち――?」


 そう喋っている横で、バサバサッと大きなはばたきの音がして、ペールネールの足元から翼のある《天使態》の影が伸びあがった。


「ふぁーーー! おはよう! みんな!」


 と、すごく明るい女の子の声がした。


「わっ! わたしの影もしゃべった!?」


 ペールネールは口をあんぐりあけて、自分の影を見つめた。


「あたい、ペールネールの影の、ブリジットだよ~! よろしくねー!」


「おう、ブリジットなー、よろしく!」


 オンジャとブリジットは楽しそうに、ぱちんと両手でハイタッチした。





✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 突如現れた、ふたりの影――! このふたりは一体!?




【今日の挿絵】


ひまわり畑のペールネール

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093087669699211

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る