第二章 昼の国 The Daylight Kingdom

1 人間の男の子、鳥の女の子

 シュメールとペールネールは助け合って、夜の森を何日も歩きつづけた。


 やがてふたりは、丸くて大きな石がごろごろしている河原に出た。小さな玉をいくつもころがすような心地よい音を立てて、川のせせらぎが、ころころと響いている。水面からは真っ白な湯気が、もうもうと立ちのぼっていた。


 黒い瞳を輝かせ、シュメールは叫んだ。


「うわぁ、温泉の川だ!」


「? ……オンセン?」


 不思議そうな顔をしたペールネールに、シュメールは笑いながら教えた。


「触ってみな。熱いから」


 サッと髪を背中にまとめ、ペールネールはしゃがみこんだ。飛沫しぶきをあげる水の表面を、指先でいてみた。


「わっ」


「熱いでしょ?」


 シュメールは自分も触ってみて、楽しそうに指を遊ばせた。


「――いい湯加減だ。ひさしぶりに、行水ぎょうずいするね」


「行水って、なんですか?」


「ん? 体を洗うんだよ。え? ペールネールは行水しないの?」


 ペールネールはすこし考えてから、答えた。


「いつもは……鳥になって、水辺に行って、水を浴びて、ぶるぶる体をふって水を飛ばします」


「ふふ、かわいいね」


 ペールネールに見えないところで、シュメールは服を全部脱ぐと、腰を布で覆った。それから湯の川のなかにざぶざぶと入っていった。


 湯がすねをくすぐるくらいの浅い場所で石に腰かけると、手のひらで湯をすくい、体に浴びせかけた。


 シュメールが手で体をこすっていると、ペールネールがすぐ近くに寄ってきた。その目が、興味津々だ。


「手伝ってもいいですか?」


「え? じゃあ、背中をお願い」


 ペールネールはやわらかい手で、シュメールの背中をこすった。するとたちまち、旅のあかがめくれ出てきた。皮膚の一部がよれるように丸まって、がれて、ぼろぼろになる。


「なんですか? これは?」


 まるで子供のように、ペールネールが尋ねた。


「え? アカだよ。皮膚の汚れ。嫌な匂いのもとになるから、こすって取るんだ。君たち精霊は、アカは出ないの?」


「はい、見たことありません」


「ほんと?」


 シュメールはペールネールの腕を取り、肌をこすってみた。……確かに、すべすべして綺麗なままで、垢は出なかった。


「そっか。じゃ、お風呂に入る必要ないんだ! 楽でいいね」


 そう言うシュメールの背中を、ペールネールは夢中になってこすりつづけた。


「たくさんアカが出てきます。おもしろいです」


「ひさしぶりの行水だからなぁ……」


 ふいにシュメールは、びくっと背中を丸めた。ペールネールの腕が前のほうに伸びてきたからだ。


「ちょ、ちょっと待った。前のほうはいいよ」


「え? 前はアカが出ないのですか?」


「いや、前は自分でできるから」


「やってあげます」


「ちょ、ちょっとダメだって。大きくなっちゃうから……」


「なにが大きくなるのですか?」


 純心に尋ねてくるペールネールに、シュメールは真っ赤になった。この「恥ずかしい」という気持ちだけで、熱い血が、下半身に集中してくる。


(収まれ、収まれ)


 と、焦って思えば思うほど、逆に、そこが大きく、固くなってくる。シュメールは背を丸め、小さくなって、ペールネールの視線から逃げた。


「ペールネール、ありがとう! もういいから!」


「えぇ? シュメールさま、もしかして恥ずかしがってますか?」


「恥ずかしいよ」


「恥ずかしがらないでください」


「男の子は、この部分を見られるのが、恥ずかしいんだよ。女の子もだけど……」


「そうなんですね」


 ペールネールはそう言いながら、なおもシュメールの腿のあたりに、じっと視線を注いでいる。強い興味が芽生えてしまって、目が離せなくなっている。


「なんで、そこが大きくなるのですか?」


「それは……」


 シュメールは絶句した。


「ペールネールに見られると、恥ずかしくてそうなるんだ」


「ふうん。不思議ですね。……創星剣スタークリエーターみたい!」


 ペールネールの無邪気な思いつきに、シュメールは大笑いした。


「そこまで大きくはならないけど……」


「もっとよく見てもいいですか?」


「だーめ。さ、あっちへ行って」


 渋々、ペールネールはシュメールの体から目を離すと、少し距離を置いて石の上に腰かけた。


 鳥の精霊のペールネールにとっては、人間の体が興味深くて仕方ない。……特に、それが大好きな人の体となれば、仕組みや秘密を知りたいという気持ちは、いっそう強くなる。


 ちなみに鳥のオスには、男性器がない。メスと同じく、穴があいているだけなのだ。



 ペールネールは《小鳥態》になると、飛んで行って、お湯を浴びた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 変な話からはじまってしまいました……笑


 次回、とうとう昼の国に!



【今日の挿絵】

ひまわり畑のシュメール

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093087428648313



 ☆ 次の更新は、水曜です ☆

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