インターミッション ~ 黒薔薇の戦い5

 強力な雷撃を連発したためか、ダルコネーザの攻撃が一瞬、やんだ。


 そのスキに、燃えるような赤髪をふり乱し、ナイアが捨て身で前に出た。


 赤い瞳にエルフ族特有のこまやかな光彩を燃え立たせながら、美しく凛々りりしい少年のような顔――その顔をまっすぐに敵に向け、勇ましく叫んだ。


「まっかせろ! 大技いっくぜーっ!」


 光の翼を大きく広げ、右後方に構えた大剣に全身の力をこめながら、腰を軸に、剣を左へ横なぎした。


紅閃流星爆刃スカーレット・メテオドライブ――!」


 シュカァァァァァ!


 大剣からダルコネーザめがけて、三日月形に湾曲した、光の紅刃が飛んだ。それはまるで、赤い流星だ。


 バババババババ!


 複数の魔法盾を一瞬で破壊しながら、ついに光のやいばはダルコネーザの翼を切り裂き、パッと青い鮮血が弾け飛んだ。


(グゥ!)


 だが、ダルコネーザの眼は死んでいない。


「――よけられた? もう一丁……」


 ナイアがすばやく剣を構え直したのと、ダルコネーザが「鏡盾ミラー!」と、鏡の魔法盾を呼び出したのは同時だった。


「うりゃぁぁぁぁぁーーー!」


 ナイアが第二撃を放った。


 シュカァァァァァ! パァァァァン!


 赤い光の刃が、鏡の盾にまともに反射して――瞬間――騎士たちの目をまぶしくくらませながら、ドォン!と背後の壁に炸裂した。


 つつ……


 カウロの首の左、そして、パウロの首の右から、冷やりとした血が垂れ落ちた。


 兄弟は思わず目を見合わせ、ゾッとした。……跳ね返った光の刃が、二人の首をかすめていったのだ……。


 それに気づかないナイアは、剣の柄を握りなおして叫んだ。


「もう一丁! 今度は120%の力でぶち込む!」


「「ちょ、ちょっと待て!」」


 双子は同時に叫んだが、勢いのついたナイアの動きを止められそうもない。


(死んだ……)


 自分たちのマッシュルームカットの首が、キノコのように奈落の底に並んでいる……そんな映像を、双子はまったく同時に思い浮かべた。


《ナイア、待ちなさい!》


 脳に直接響くマララの念波が、ナイアを止めた。血相を変え、ナイアは叫んだ。


「なんで止める!?」


《その技は危険! 次やれば、あなたの首が飛ぶ》


「じゃ、どうする?」


《やつらは光魔法に弱い。光の矢を防ぐ時に、動きを止める。顔をそむけ、目をつむる。やつらは本能的に、光を恐れてる》


「マララ、お前この状況で、よく冷静に観察してるな……」


 ナイアは驚き呆れた。幼友達おさなともだちのマララが冷静なのはいつものことだが、この恐ろしい初陣ういじんでもまったく変わらないことに、舌を巻いた。


《……それがわたしの仕事だから。《月光球ザハル》の魔法を放てば、やつらの動きを止められるかもしれない》


 そう言った瞬間、マララは、団長ボルカヌスの思念を受け取った。ボルカヌスはテレパシーは使えないが、マララが常にチャンネルをひらいている。


(マララよ! タルタロスとジャックが倒れた! 向こうは坊主頭バシャラでかいのメロレオンが、壁を這いあがってきた! そろそろ潮時だ。撤退する。合流しろ!)


《了解! 騎士たち、撤退せよ!》


 エネンコを背負ったマイシャ、カルラガ、そしてマララは、建物内部の階段を駆け降りた。カウロ、パウロ、ナイアは、そのまま空中を駆けくだった。



《団長、ナイアとふたりで《月光球》を放ちます。敵の動きは止まるはず》


「わかった! 合図はわしが」


「了解!」


 ボルカヌスの合図を受けて、マララとナイアはそれぞれに詠唱を始めた。


「「太古の月の女神よ。夜をべる月の光よ。今ここに喜びとともに、あまねく光と力を与えたまえ――月光球ザハル!」」


 シュカァッ――!


 ナイアとマララが放った光の白球は、ふたつの閃光弾となり、黒薔薇の間を強烈な光で埋め尽くした。


 マララの読みどおりだった……魔皇帝と四幹部は目をつぶり、動きを止めた。



 ――やがて月光球が光を失ったとき、ノクターナル騎士団の姿は消えていた。




  ☪ ⋆ ⋆




「全員いるな?」


 地下通路の途中で立ち止まり、ボルカヌスは確認した。


 タルタロス、エネンコは意識を失っているが、十三人全員がそろっていた。マララとナイアの仲良しのふたりは、ぴったりと腕を組んでいる。ふたりとも光魔法の使い過ぎで、足元がふらふらだ。


「オヤジ……まだ闘えるぜ!」


 と、瀕死のジャックがかすれ声で言うのを、ボルカヌスはさえぎった。


「お前とタルタロスが一番ひどい。これ以上やれば、確実に死者が出る」


「俺たちは死など恐れない! 命と引き換えに、やつらを地獄に道連れにしてやる!」


 カウロが戦いの興奮そのまま、噛みつくように、血気けっきまかせに叫んだ。


 その若くて太い腕を、ボルカヌスはぐいと鷲づかみにして引き寄せた。


「聞け! 同志! われらの武器は、力でも魔法でもない。われらの武器は、頭脳と観察力だ。それこそがやつらにはない長所だ。頭脳と観察力があれば、敵の弱点がわかる。初合わせの魔法戦は、千倍、しんどい。敵の攻撃が読めないからな。時間をかければかけるほど、われらのほうが有利になるのだ」


 マララが賛同して、静かにうなずいた。彼女の冷静な観察力は、ボルカヌス仕込みのものだ。


 ボルカヌスはさらに言葉を加えた。


「……お前たちは戦士であるとともに、ひとりひとりが有能な司令官だ。ひとりでも失えば、それは一軍の損失に等しい。わしはここが潮時と見た。焦らず撤退し、体勢を立て直す。やつらの弱点を分析し、時間をかけ、確実に潰してゆく」


「団長は私たちと違って、大きな視点で物事をとらえてるのよ」と、マララ。


「ちっ、オヤジはいつでも正しいよ」と、カウロもようやく冷静になってうなずいた。


「お前たちが悔しい気持ちなのは、よくわかる。わしだって叫びたいほど悔しい。……その悔しさを、次の戦いの準備に向けろ。そして最後には必ず、悔しさを晴らせ」


 ボルカヌスはそう言ってから、ふっと、場違いな笑顔を見せた。いたずら小僧のような笑顔に、その場の空気の色が変わった。


「カウロよ。わしの、爆纏エプロジオンという魔法を見たことがあったか?」


「ん? 触れた物を爆発物に変えるって、あれか?」


「そうだ。玉座に仕込んできた」


 それを聞いて、思わず全員がにやりと笑った。


「触れれば、ドカン……」ボルカヌスが言い終わらぬうち、


 ドォォォォン!!


 上方から爆音と震動が伝わってきて、通路の壁を激しくふるわせた。


 一瞬の沈黙の後、


「ぎゃははははは!」


 騎士たちは、こらえきれずに爆笑した。敵の誰かが、ワナにひっかかったのだ。


 ひとしきり笑い終えると、ボルカヌスの顔は戦鬼の顔から、なごやかな『オヤジ』の顔に戻っていた。愛する息子や娘に投げかけるような、やわらかいまなざしを部下たちに与えた。


「お前たち、よく戦った! 立派な初陣ういじんだった! よくやったぞ!」


 彼は一人一人と、力強く手を握り合わせた。ぶ厚い皮の手袋のようなその手が、マグマのように熱かった。



  ☪ ⋆ ⋆



 ――玉座に触れたのは、スキンヘッドの《狂将軍》バシャラだった。


 彼の体は爆発に巻き込まれ、四方八方に飛び散った。


「ダルクフォース様!」


 ダルコネーザがあわてながら、空中を飛んで駆けつけた。


 おびただしい煙と埃のなかから、ダルクフォースが仁王立ちで現れた。


「おお、ご無事でしたか……」


 魔皇帝の大きな拳は、怒りにふるえていた。


「遊びすぎたな」


 粉々になった玉座の残骸を、ダルコネーザはのぞきこんだ。「バシャラ……死んだか?」


「放っておけ。そのうち復活するだろう」


「ハ……」



 これより後、ダルクフォース軍はアル・ポラリスに居座り、ついにここを主城と定めた。


 ここに『ディスアスター新帝国』の建国が公布された。ディスアスターとは『災厄』という意味である。


 オークやオーガーの蛮兵たちは餌を求めて、豊かな夜の森を徘徊はいかいし、獣、鳥……時にはネブカドネザルを狩った。



to be continued...




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 黒薔薇の戦い ~ おわり


 次回、もう一話分、インターミッションがつづきます。






【インターミッション・登場人物紹介】近況ノート

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093087313198326

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