インターミッション ~ 黒薔薇の戦い4
「カウロ! パウロ!」
空中に投げ出された双子の兄弟の、大きくて重い肉団子の体が、奈落の底に落ちていく――
と思いきや、次の瞬間、ぴたりと空中に踏みとどまった。まるでそこに、目に見えない階段があるかのようだ。
「……ぶねぇ、あぶねぇ!」
空中を歩けるサンダル――!
ふたりが履いているのは『エルメス・サンダル』……魔法のサンダルだった。黄金製で、翼の飾りがついている。彼らの家だけに伝わる、貴重な
エルフのナイアも転落せずに、空中に浮かんでいた。背中に神々しい、光の翼が輝いている。空中浮揚の光魔法だ。
「なんだ!? 今の攻撃は!?」
カウロが叫ぶと、すぐにマララの無声会話が飛んできた。
《音波を共鳴させて、バルコニーを破壊したようだ。周波数が合わなければ、破壊されることはない》
「周波数が合ったらどうなる?」と、カウロ。
《一瞬で骨が砕かれる》
「ちぃっ、冷静に
《これを使え!》
マララは、背後に置いてあった楽器のなかから曲線形の角笛を
「
カウロが《風》の魔法を使うと、飛んできた角笛は吸い込まれるように、カウロの手のなかに納まった。
……カウロとパウロのふたりは、千年以上つづく由緒正しき魔法騎士の家柄で、家伝の風魔法を得意とする。北風のカウロ、南風のパウロと呼ばれている。風もないのに彼らの髪やマントがなびいているのは、目には見えない《風の精霊》が集まっているからだ。
カウロはぷっくりした唇に角笛をくわえると、目を見張り、丸い頬をふくらませ、めいっぱい息を吹き込んだ。
ブォォォォォォォォォ――!
『静謐の』という名前に似合わず、鼓膜が破れるかと思うほど大きな音が鳴り響いた。それと同時に、角笛の先っぽに大きな光の球がふくらんだ。球は風に操られ、ダルコネーザめがけて飛んで行った。
するすると魔法盾のあいまをすり抜けた光の球は、ダルコネーザの体をすっぽり包み込んだ。
「ハッハー! 音を消し去る魔法球だ。音波砲は出せまい!」
カウロの挑発に、ダルコネーザはふたたび音波砲を発しようとしたが、声がまったく出ない。
(
声を失いつつも、ダルコネーザは次々と雷を放ってくる。空間を裂き、火花を散らし、轟音を放ち、圧倒的なパワーを見せつける。三騎士は必死に魔法盾を張りながら、右へ左へ、これを避けた。
「どうする? 兄弟!?」
ふり向いたカウロに、パウロがつまんで取り出したのは、ひとつの小瓶だった。
「こいつを使う」
「おお!? ついに実用化したのか!?」
「まだまだ研究段階だがな」
にやりと笑ったパウロは、「それ!」と、瓶のなかの粉を一気に空中にふりまいた。
(ぶうぇっくしょい!! なんだ!? この粉は!?)
ダルコネーザは美しい顔をゆがめ、鼻を曲げ、くしゃみを連発しはじめた。
「恐ろしいのはここからよ!」
みるみるうち、ダルコネーザの豊満な胸から、すらりとした美脚から、体じゅうから……奇怪な紫のキノコが
(ぎゃーーーー!)
ひたいからも、ほっぺたからも、大きなキノコが、無数に突き出てくる。
(な、なんと忌まわしいものを! わらわの美しい体に!)
ダルコネーザは大あわてでキノコをむしり取った。だがキノコは容赦なく、次から次へと
パウロは説明した。
「あの胞子を受けた敵は、体じゅうにキノコが生えた『キノコ生物』となり、やがて意識を失い、俺の精神コントロールに従うようになるのだ」
「恐ろしい……」と、カウロ。
ちなみにカウロとパウロは博士号まで持っている、文武両道のサラブレッド騎士なのだ。
「あのキノコ、食べれんの?」
人一倍、食欲旺盛なエルフのナイアが、のん気に聞いた。《キノコ博士》パウロが得意げに答える。
「見た目は悪いが……実は超高級ポルチーニや、超高級マツターケーの千倍うまい。ハーブのような香りに、脂肪分をたっぷりふくみ、牛肉のような歯ごたえがある」
「アハハ、よっしゃ! じゃ、あいつ倒して、キノコパーティーしようぜ!」
と、ナイアがはしゃぐ。
《わたしは絶対食べない……》
と、マララは冷静だ。
そんな騎士たちを見あげ、ダルコネーザの怒りは頂点に達していた。
(貴様らァ! ふざけるなーーッ!)
たちまち全身を赤や青の雷火で包みこみ、すべてのキノコを燃やし尽くした。
「ぐわっ、焼きキノコ!」と、ナイア。
「……う~ん、香ばしい……」と、カウロ。
「いかん! キノコが……精神コントロールできない!」と、パウロは焦った。
ダルコネーザの全身が怒りにふるえている。暗赤色のオーラに放電の火花が咲きあふれた。
(――
グワガァァン! グワガァァン!! グワガァァン!!!
騎士たちに向かって、特大の雷撃を降りそそぎはじめた。
「この雷撃、さっきより強力になってねぇか!?」
「火に油を注いぢまったらしい!」
「……ああ、超高級キノコぉぉぉ……」
カウロ、パウロ、ナイアは涙目になって、雷撃から逃げ回った!
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
キノコ魔法も破られ――涙
次回、黒薔薇の戦い、終幕!
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