28 夜の森のふたり

 アル・ポラリスから充分に離れた場所までびつづけたシュメールとペールネールは、やがて森のなかへと降下した。小さな泉を見つけたのだ。ふたりは駆け寄って、のどの乾きをうるおした。


 ふたりともへとへとに疲れきっていた。樹齢千年を超す巨大な樹木の、太い根と根の間にすべりこむと、気絶するように眠りこんだ。



  ☪ ⋆  ⋆



 翌日、シュメールが目を覚ますと、月が昇りはじめていた。


十六夜いざよいの月――)


 満月よりも、すこし欠けている。


 きつく体を寄せあったふたりを、ペールネールのあんず色の翼が掛け布団のように、やさしく包み込んでくれていた。


(……僕らの命を運んでくれた、大切な翼……)


 やわらかな羽毛にシュメールは、そっと頬を寄せた。


 体には疲れがまだ残っている。それでも、ペールネールがそばにいてくれることに勇気づけられて、シュメールは急いで起きあがった。


「……シュメールさま……」


「ごめん、起こしちゃったね……」


「いいえ……」


 ペールネールのつややかな髪と翼の曲線に、月の光が宿って、ゆれ動く。あたりには森の緑の、瑞々しい香りがした。


 シュメールはザックの中身を確認すると、携帯用のコンロを取り出し、火打石と火打金で火をつけた。火口が燃えあがり、木の根の間を明るくした。


 すると突然ペールネールが、ぎゅっとシュメールの左腕にしがみついてきた。


(――?)


 ペールネールはシュメールの腕に顔を押しつけて、隠れるようにふるえている。


 あっ、と、シュメールは気づいた。


「火が――怖いの?」


 ペールネールは、こくんとうなずいた。


 もともと苦手意識があったのが、昨夜の森火事を見て、余計に怖くなってしまったらしい。


 ペールネールの生活は火を必要としなかった。食事は木の実をなまで食べるし、夜の国は暖かいので、暖房も必要ない。火に慣れていないのだ。


「そっか……。君に見えないところでやるね」


 立ちあがろうとしたシュメールの腕を、ペールネールは、そっと掴んだ。


「……慣れるように、がんばります」


 シュメールは「ありがとう」と微笑んで、ペールネールの体をやわらかくハグした。


「やなことがあったら、なんでも言ってね」


「はい。シュメールさまも」


 急にペールネールが「あ、かわいい」とゆび差した。ザックの目立つところに、クマちゃんの顔が大きく刺繍がしてあった。 


「ボルカヌスのおかみさんのだ」


 ふふ、とシュメールは笑った。


 小鍋にお湯が沸くと、シュメールはコップにインスタント宝石をひとつ入れ、お湯をそそいだ。ザックのなかに、パン、ナッツ、ドライフルーツが入っていた。乾燥ハーブで、ふたり分のお茶を淹れる。


 ペールネールは辺りから、シュメールが食べられる木の実や、自分好みの木の実を摘んできた。


「食べよっか!」


「はい! お腹ぺこぺこです」


「僕も。いただきます」


「いただきます」


 シュメールはエメラルドにかぶりついた。ペールネールも木の実を頬張る。質素だけど、とても美味しい食事だった。


「体が糖分や塩分を、たくさん必要としてる」


「シュメールさま、ムーシュカさんみたい」


「ヌッホッホ!」


 シュメールが物まねをしたので、ふたりはくすくす笑い合った。



 食事が終わるとペールネールは、こずえを見あげ、小鳥たちを呼んだ。集まってきた鳥たちに、ペールネールはパン屑をあげた。小鳥たちはじゃれるようにして、ペールネールの頭の上にも、肩にも、手のひらにも乗ってくる。


(小鳥たちとたわむれる、ペールネール。かわいいなー)


 切迫した状況も忘れて、シュメールはぼんやり見惚みとれた。……よく見ると、ペールネールは鳥のさえずりをして、小鳥たちになにかを話しかけていた。


「ペールネール、なんて言ったの?」


「『わたしはペールネール。もし友達がわたしを探してたら、ここにいたって伝えてね』って、言ったんです」


 ここに来るまで、ペールネールは一々、すれ違う鳥たちに声をかけながら飛んできた。こうすれば、鳥たちのネットワーク――情報網に、自分たちが認識される。仲間の精霊たちが、自分たちを探しやすくなるのだ。


 その甲斐かいあって、その日のうちに、仲間のひとりがふたりを見つけた。


「シュメールさま、ペールネール――!」


 夜空から舞い降りてきたのは、《天使態》の少女だった。


「あ、エレン!」


 エレンは、ハトの精霊だ。白い翼。グレーベージュの髪は短めのボブ。小悪魔的にかわいらしい、愛嬌のある顔をしている。着地したエレンに、ペールネールもすぐさま跳び寄って、ふたりはしっかり抱きしめ合った。


「エレン~~!」


「ぽっぽー! 会えてよかったー! わたし、鳥たちに聞きまくって、ふたりの後を追っかけてきたんだ」


 エレンはすこしだけ緊張しながら、シュメールに挨拶した。


「シュメールさま、ご無事でなによりです」


「君たちも無事でよかった! ボルカヌスと十二人の騎士たちの姿は見た?」


「ボルカヌス様と十二名の騎士さまたち全員、無事、城を脱出し、地下に入られました!」


「ええ!?」


 シュメールの顔が、パァッと喜びに輝いた。かれらの命は、もはやないものと思いこんでいたからだ。どうにかダルクフォースと四天王の追撃をふり切り、逃げ延びたのだろう。


 シュメールは感激のあまり、地面に膝をつき、「……よかった、よかった……」と涙を流した。ペールネールもしゃがみこんで、「シュメールさま……」と肩をかばうように抱いた。


 シュメールはハンカチで目元を拭った。メイクが落ちて、真っ黒になった。


「あ、固定フィクスの魔法が解けてる。変な顔になっちゃった」


 手鏡をのぞくと、やっぱり、目のまわりが真っ黒になっている。


「われながら、ひどい顔!」


 自分のパンダ顔に思わず笑ってしまったシュメールを見て、ペールネールもエレンも、一緒にくすくす笑った。


 なごやかになった雰囲気に、エレンが思い出したように言った。


「シュメールさま、女王陛下から手紙を預かってきました」


「え!? 母上!?」


「はい! ラーマさまです!」


「意識を取り戻したの!?」


「はい!」


 エレンは満面の笑顔でうなずいた。わぁっと、シュメールとペールネールは喜びに手をとりあった。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 手紙の内容は!? 次回、第一章、最終回、


 いよいよ昼の国へ――!




【今日の挿絵】

ハトの精霊、エレン

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076641449053

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