29 昼の国へ――!

 シュメールはエレンの前に膝をつくと、女王に対するのと同じように最上級の礼をしてから、手紙を受け取った。


 急いで封を切り、手紙をひらいた。そこには見覚えのある母の文字が、速いペンの動きでつづられていた。



「シュメール、がんばりましたね! 本当にありがとう! ありがとうという言葉では足らないほどです。


 心配させてごめんなさいね。こちらは無事です。


 一時は昏睡状態にあった私の心も体も、すでに元どおり、元気が戻ってきました。リンネとマシューがしっかりと補佐し、私を支えてくれています。水晶玉であなたの無事を確認しました。


 つい先ほど、私は夢のなかで、女神ミキエルディシスからの預言を受け取りました。


しき者どもを打ち倒し、王国を取り戻すための知恵と力は、昼の国にあり』と。


 シュメール、あなたはこちらへ戻らず、ペールネールとともに昼の国へ向かいなさい。昼の国で、王国復活のための知恵と力を探すのです。


 こちらへ戻ろうとすれば、逆に、道中がたいへん危険です。


 地下世界ではボルカヌスの指揮のもと、全員が団結し、勇敢に化け物たちの侵入を食い止めています。この地下世界にいる限り、わたしたちは大丈夫です。わたしたちのことは心配せず、昼の国へ行きなさい。あなたたちに、王国の未来を託します。


 心より、愛しています。


 私の大切な天使、シュメールへ」



 シュメールは手紙をペールネールにも読ませ、その間、ペンと小さな紙を取り出して、返事を書いた。



「親愛なる女王陛下、


 王命、拝領はいりょういたしました。これより僕は、昼の国へ向かいます。できるだけ早く知恵と力を見つけて、王国を取り戻します。僕が帰るまで、絶対に無事でいてください。

 

 母上、姉上、マシュー、くれぐれもお体を大切に。


 あなたの息子、シュメールより」



 返信をつづり終えると、シュメールは心配そうにエレンに尋ねた。


「エレン、無事に戻れそう?」


「はい。地下国では防御のために、地上につながるたくさんの通路が埋め立てられました。わたしが抜けてきた通路は、切り立った断崖の、高い場所にある横穴に通じていました。魔獣たちは気づいていません。飛んで行って、帰りもそこから戻ります」



「ペールネール、君は、どうする?」


「え? もちろん、シュメールさまと一緒に昼の国に行きます!」


 ペールネールの答えに、迷いはない。しかしシュメールは考えをめぐらせ、ペールネールの安全を思いやった。


「君の身の安全を思うなら、このままエレンと一緒に、鳥の巫女のもとに戻ったほうが安全かもしれない。そうしても、いいんだよ?」


「いいえ、一緒にいさせてください! わたしはいつどんな時も、シュメール様の騎士です」


 ゆるがぬ瞳で答えたペールネールに、シュメールは感激して、思わず星空を見あげた。それからまた、ペールネールの黒い瞳に視線を落として言った。


「ペールネール……君が、僕に残された最後の王国だ。君を失いたくない。君を絶対に守り抜く」


 ぎゅっと抱きしめられて、ペールネールは気絶しそうなほど、うれしかった。


「わたしも命をかけて、シュメール様を守ります」


 ペールネールは瞳を閉じ、恍惚こうこつの表情を浮かべた。エレンはそれを見て、楽しげに「ふふん」と微笑した。



 シュメールは手紙を小さく折りたたんで、エレンに渡した。


「それじゃ、エレン、よろしくね」


「はぁい!」


 エレンは受け取ると、ペールネールを木陰にひっぱっていき、耳元にささやいた。


「ペールネール、あんたすっかり、恋する女の顔になってるね!」


「えぇ?」


 ペールネールは驚いて、顔を真っ赤に染めた。


 エレンは恋の噂話が大好物なのだ。彼女はずいぶん前に、鳥の巫女の洞窟を出て行って、人間の男の子と幸せに暮らしていた。だからペールネールよりもずいぶん、経験と知識が豊富なのである。


「ふぅん、その様子だと、キスはしたみたいね」


「キ、キスって……なに?」


「えぇ? 口と口をさ、こうやって、くっつけ合うんだよ」


 エレンはおふざけで、ペールネールの唇に軽くチュッとした。ペールネールは昨夜のシュメールとの、二度のキスを思い出し、耳から蒸気が噴き出るほど赤くなった。


「したんでしょ? シュメールさまと……」


「……し、した……」


「ははぁ、図星だ!」


 ふっふっふと、エレンは意味ありげに唇をませた。


「じゃ、次は、ディープキスよ」


「ディ、ディープキス?」


「そう、キスしながら、舌と舌とを絡め合うの」


「えぇ!? 舌と舌を!?」


「そ。お互いに舌をぐるぐる絡めあってたら、もう気持ちよくなって、頭がぼぉっとして、お腹の下のあたりが熱くなってきて、もう立ってらんないほどトロけちゃうんだから」


 ペールネールは真っ赤になりながらも、妄想をふくらませ、体を芯からふるわせた。


「エ、エレンは、したことあるの?」


「ふふ、もちろん」


「す、すごいね……」


 ふふん、と、エレンは自慢げに胸をそらす。


「ま、がんばりなね」


 ぱっと木陰から跳び出ると、エレンはシュメールに挨拶した。


「じゃ、行ってきまーす!」


「よろしく! 敵に見つからないよう、気をつけてね!」


「はぁい!」


 エレンはもう一度ペールネールとハグしあうと、ぽっぽーと鳴きながら、夜空の向こうへ飛び去っていった。



 ぼんやりした様子のペールネールを見て、シュメールは声をかけた。


「大丈夫? ペールネール」


「……はっ、はひっ……」


 なぜか、緊張しまくって、動きがカチコチになっている。シュメールの顔を見られない。


「――? さっき、エレンとなに話してたの?」


 不意打ちの質問に、またしても恥ずかしさで真っ赤になったペールネールは、大あわての早口でごまかした。


「いえ~! シオシオシオシオ……! な、なんでもありません! 舌がどうとか、からめるとか、そんなことはいっさい、なんにも……」


「舌? キャラメル?」


「いえいえいえ、ななななんでもないんです! さ、行きましょう!」


「変なの」


 ペールネールの奇妙なそぶりを不審に思いつつ、シュメールは笑いながら荷物をまとめた。


 初心うぶなペールネールには、エレンから聞かされた情報が強烈すぎた。それ以来、エレンの話を思い出すたびに、甘美な憧れにとらわれて、膝がふるえてしまうペールネールなのであった――




(第一章・Fin ~ 第二章につづく)





✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱



 第一章を最後までお読みくださいまして、ありがとうございました!



 第二章の書き起こしが終わるまで、しばらくお休みさせてもらいます。


 物語はまだまだ途中ですが、レビュー評価のお星さま、いつでもお待ちしておりま~す!



 すでにレビュー評価くださった皆様、本当にありがとうございました!!!


 たいへん励みになりました。筆が進みました。


 みなさまにたくさんの祝福がありますように


 シュメールが夜の国から祝福魔法をお送りします! 🖐✨✨




 シノミヤ・アバンダンズ・コンテスト(SAC)参加作品、『CASA-JIZO』アップしました。一話完結のラブコメです。よかったら見にきてくださ~い!


(SACは、シノミヤマナ先生が公開してくださった貴重なアイデアをもとに、作品を作るイベントです!)


https://kakuyomu.jp/works/16818093076018111470




【今日の挿絵】

シュメールとペールネール(ペールネールの脳内妄想……)

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076693646297


『夜のシュメール』挿絵NG集1~7

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076737726118

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夜のシュメール KAJUN @dkjn

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