27 脱出

 ――凶弾が発射された!



(ここで、死ぬのか……)


 死を覚悟したシュメールの眼前で、「グワッ」とサンズが叫んだ。氷弾はサンズの肩を貫き、ジャックの鎧を削りながら、後方に跳ね飛んで行った。


 シュメールの前を、騎士たちが厚く塞いでいた。


「魔法結界が通じないならば、みずからの体を壁とするのみ!」


「シュメール様には、けして触れさせない!」


 騎士たちが歯を食いしばり、必死に彼を護ろうとしている!



 その時突然、シュメールは耳元に、ボルカヌスの声を聞いた。


「ここに戻ってはいけません。城から脱出なさい。――必ず、再起を果たすのです」


 突如シュメールは、自分の体が後ろにひっくり返るのを感じた。


 気づいた時、シュメールの体は猛烈な勢いで、闇のなかを転がり落ちていた。あまりに突然のことに体勢を整えることもできない。


 混乱しているうちに、狭い暗闇の穴を抜け、どこかの部屋の天井から飛び出し、やわらかいベッドの上に落ちて、体が勢いよく跳ねた。


(なにが……起きた!?)


 シュメールはすばやく頭を回転させた。おそらく……


 玉座に仕掛けがしてあったのだ!


 ボルカヌスが仕掛けを作動し、玉座がひっくり返る。同時に、床に抜け穴がひらく。シュメールの体は抜け穴のなかに落ち、急な下り坂を転げ落ち、階下のこの部屋へと抜けてきた。


 玉座にいる者を脱出させるための、からくりがあったのだ……。


(知らなかった……)


 シュメールを脱出させて、ボルカヌスと十二人の騎士たちは、恐るべき魔皇帝を相手に玉砕ぎょくさいするつもりなのだろうか……!?


「聞いてない……聞いてないぞ! ボルカヌス!」


 ありったけの声で、シュメールは天井に向かって叫んだ。


 うわーーーっと、この時初めて、このひとりきりの部屋で、シュメールは大泣きをした。張りつめていたすべての緊張が一気にほどけ、感情が爆発して、止められなくなった。


(……どうする? 黒薔薇の間に戻るか?)


 しかし、ボルカヌスの最後の言葉が、それを押しとどめた。


『戻ってはいけません。城から脱出なさい。必ず、再起を果たすのです』


 吹きかけられたボルカヌスの、火傷やけどしそうなほど熱い息吹……シュメールは自分の首筋にまざまざと、その息吹を思い出した。


(命がけの働きを、無駄にできない――ボルカヌスの言葉に従う!)


 決意したシュメールは、ベッドのシーツをつかみ寄せて、荒々しく涙をぬぐった。


「フォルメ・ソード」


 スタークリエーターを剣化した時、部屋の隅に旅行用のザックが置いてあるのに気づいた。ボルカヌスが準備しておいてくれたのだろう。


 その袋を引っつかんで肩にかけると、用心しながら部屋を飛び出した。


(なるほど……ここに出たのか……)


 だいたいの地理がわかった。黒薔薇の間よりも、二フロアほど下だった。階段をくだり、地下へ向かおうとすると、階下から魔物たちの吼え声が響いてきた。


(ダメだ! ここからはムリだ!)


 別の道を探す。


 ――生まれ育って、遊び場にして、スミからスミまで知り尽くしている城だ。頭を忙しく働かせながら必死になって走っていると、急に前方から飛び出してきた者がいた。


 シュメールは息をのんだ。


 あんず色の翼――ペールネールだった!


 抜け道を通ってきたペールネールは、地下の入り口で案内の小人と別れ、この場所まであがってきたのだ。


(なぜこんな危険な場所に――!?)


 シュメールは唖然とした。彼の心づもりでは、ペールネールはラーマ女王たちと一緒に、地下のもっとも安全な場所に逃げているはずだった。


 それが、ここにいた。


 ペールネールには、危険なこの場所にではなく、安全な場所にいてほしかった。この計算違いが、シュメールを混乱させた。……彼がなんともいえない、泣きそうな、悔しそうな顔をしたのは、そういう気持ちからだった。


「騎士ペールネール! 命令違反だぞ!」


 ペールネールは、あわてて叫んだ。


「いえ、女王代理の許可をいただきました。わたしはシュメール様の騎士です。シュメール様とともにいます!」


 その言葉を聞いた途端、シュメールの胸は、びくんと高鳴った。


(……僕の、騎士……)


 ふいに天にも昇りそうなほどの悦びが、シュメールの心を包んだ。苦しみと孤独が、その瞬間にはっきりと癒され、今、完全に正しい道にいると知った。


(自分はひとりじゃない……ペールネールと一緒にいる! 一緒にいられる!)


 シュメールは感情の爆発を抑えることができなかった。気づいた時には、夜鶯の少女に口づけていた。


 ペールネールがあがってきた階段の下方から、魔獣たちが迫る荒々しい声が響いてきた。ちらちらと、火明かりも見える。



 ――数瞬の後、ふたりは東の塔の螺旋階段を駆けあがっていた。



 塔の屋上に出た。ふたりは夜の森を見渡した。森は、無惨な戦火に燃えていた。ネブカドネザルたちは、どうしただろう? 無事、逃げおおせただろうか?


 翼ある魔獣たちは、今は城内に入り込んで、姿がない。


 シュメールは大気を祝福して、風をなだめた。そして、ペールネールのほうにふり返った。


「行ける?」


「……もう一度だけ」


「え?」


「もう一度だけ……勇気をください。さっきみたいに、口に」


 ……二度目のキス。


 ペールネールは凛々しい顔を、夜空へと向けた。


「行きます!」


「頼む!」


 ふたりは息を合わせて壁を蹴り、虚空へと飛び出した。ペールネールが大きな翼を、勇ましくふるわせる。


 すべての苦しみから遠く離れた、安寧の地へ――


 夜の大気は、ふたりの亡命者をやさしく受け止めて、彼方かなたへ、彼方へと、休むことなく運んでいった。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 ボルカヌスたちは!? 次回、明らかに――!



【今日の挿絵】

ネコ族の騎士・エネンコ(ディフォルメ)

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076576627291

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