26 トラップ発動

 地下の一室で、ペールネールは、ハッと顔をあげた。


「わたし、行かなきゃ!」


 飛びあがるようにして立ちあがり、廊下に出た。別の通路に出ようとしたところで、ブランディンと鉢合わせた。


「お待ち! どこ行くんだい!?」


「おばあちゃん、わたし、行かなきゃ!」


「どこへ?」


 ブランディンの声が裏返っている。ペールネールは答えた。


「城へ戻るの」


「バカお言いでないよ! 城なんざ、今ごろどうなってるかわからないよ!」


「だから行くの! 行かなきゃ! シュメールさまのところへ! ……今行かなきゃ、わたし、絶対に後悔する!」


 ブランディンは、ハッとして、ペールネールの顔を覗き見た。


「そいつは、鳥の本能かい?」


「うん」


「まいったね! 勝手に動くわけには……誰に許可をもらえばいいんだろう!?」


 ブランディンは、天を仰いだ。


「ブランディン、わたしが聞いた! 許可を与える!」


 言いながら入ってきたのは、リンネだった。


 大股で近づいたリンネは、「ぺるる」と、白い騎士服のペールネールを腕のなかに強く抱きしめた。


「シュメールをお願い」


「はい」


「案内の小人をつける」


「はい!」


 リンネの命令で、すぐに小人がやってきた。駆け出したペールネールに、老ブランディンは必死に声を張りあげた。


「敵につかまりそうになったら、小鳥になって逃げるんだよぉー!」


「わかった!」


 ペールネールはふり向きざまにうなずいた。


「小人さん、早く! 早く!」


 先を行く小人を追い越しそうになりながら、ペールネールは羽根も使って、全力で駆けていった。



  ☪ ⋆ ⋆



 城内、黒薔薇の間――



 シュメールの耳をかすめた魔皇帝の弾丸は、サンズとボンズの魔法結界を撃ち破っていた。


 透明な魔法結界の壁に穴があき、ひび割れた様子が、一瞬、光の筋となって見えた。


(魔力レベルが違いすぎる――!)


 サンズとボンズは背筋を凍りつかせ、他の騎士たちも絶大な衝撃を受けた。あっけにとられたように、音楽が鳴り止んだ。


「わざと外した」


 暗く重く、ひきずるような声で、ダルクフォースは言った。


「次は、頭の真ん中を射抜く。その前に女王を呼んで来い、小僧」


 途端に、シュメールの膝がガクガクとふるえだした。ヘビににらまれたカエルか、はたまた、ライオンに睨まれた仔ネコのようだった。


(……膝って、勝手にふるえるんだ……)


 焦る心を必死に制しながら、シュメールは小声ですばやく、祝福の呪文を唱えた。


「……神聖治癒ラファライト――」


 手のひらからエメラルド色の光が放射され、腿と膝に吸い込まれると、すぐにふるえは止まった。左耳の傷に光を当てているあいだに、半小人のジャックが、ダルクフォースにむかって叫んだ。


「無礼千万! 人の言葉が通じぬか、下郎げろう――!」


「けだものが! 汚い常闇とこやみの穴ぐらへ帰れ!」とナルサス。


 いきり立って前を塞ぐ騎士たちを、シュメールは元の位置に下がらせた。二階のバルコニーに手をふり、音楽をつづけさせる。


謁見えっけんは、ここまでとしよう。ダルクフォース、長旅、ご苦労であったな……」


 シュメールは凛然りんぜんと背筋を伸ばし、美しい顔を見せ、ダルクフォースの強烈な黄金色の瞳を、まっすぐに見返した。



 気高く言い放った、王家の獅子心プライド――!


 十三人の騎士全員が、シュメールの燃えるような勇気を見た。



「黙れ」


 氷のように無表情に、ダルクフォースは言葉を発した。その尖った青い爪が、シュメールをゆび差す、その一瞬前に――


 黒紅を差したシュメールの唇が、可憐に、すばやく動いた。


黒き薔薇の、花びらは堕ちるノール・クラドリロ・マル・ラリアラ――解呪ナヴィア


 瞬間、太古の魔法が発動した――!


 ガグォォォォォン!!


 轟音とともに、床の石組みが一気に崩壊した。魔獣たちは体勢を崩し、おもしろいほど次々と、奈落の穴のなかへ転がり落ちていった。


 そればかりではない。


 ドザザザザザザザザザ!!


 同時に、天井も崩れ、巨大な石塊が雨あられと襲いかかる。まさに天地が崩れたのだ――! 逃げ場はない!


 ひとりの敵も逃すまいと、床石のほうは細かく、天井石のほうは大きく崩れるように設計されている。まさに阿鼻叫喚の地獄――! 千年前に造られた防御システムは今、完璧に発動し、魔獣たちを完膚なきまでに叩きのめしていた!



 ……思いのほか長くつづいた崩壊の大騒乱は、急速に鎮まり……やがて静寂が、かつて黒薔薇の間であったはずの巨大な空間を埋め尽くしていた。


 バルコニーの楽団はすでに演奏をやめ、楽器を弓矢に持ち替えている。


 厚い砂埃が、次第に晴れてゆく。


 大きくひらいた奈落の底から、冷たい風が吹きあがり、シュメールの前髪を軽くゆらした。


 広く、深く、大きく崩壊したその暗闇の中央に、シュメールは信じられないものを見た。


 そこには真円の、真っ黒な球体が浮かんでいた。黒球はやがて消失し、そのなかから、赤、銀、黒、三色の髪を揺らしながら、魔皇帝ダルクフォースが現れた。


 恐るべき魔皇帝は、高度な三種の魔法を同時に操っていた。 ……降りそそぐ天井石を破壊するための、攻撃魔法。……体を浮かせるための、浮揚魔法。……身を守るための、結界魔法。魔皇帝の名は、ダテではなかった。


 ――逃れたのは、この男ばかりではない……


 ダルクフォースの下方に、もうひとつ、黒い球体が浮かんでいた。そのなかから大きな翼をひろげ、猛禽もうきんの魔女ダルコネーザが現れた。


 突如、奈落の穴に轟音が鳴り響き、激しい電光の柱が立ちあがった。瓦礫がれきを破壊しながら雷撃とともに現れたのは、獣将軍メロレオンだった。


「ボボボボボボ」と、メロレオンは咽喉の奥から奇妙な音を出した。……これはこの男の笑い声なのだ――「ボボボボボ、たまげたぜ!」


 すぐ隣に、スキンヘッドの狂将軍バシャラがいて、なぜか全裸である。体じゅうに唐草模様の刺青いれずみが渦巻いている。バシャラは大口をあけ、青く長い舌をふるわせ、下卑た笑い声を発した。「シャハハハハ! 楽しませてくれるじゃねぇか!」


 ダルクフォースの背後の空間に、すっと、音もなく、白い髪の美青年が現れた。幻術師アンドロメーデスだ。


 ……敵の首魁をほうむることができなかったばかりか、四人の幹部全員が罠を逃れていた!


(……あ、ああ……)


 これを見た途端、絶望と焦りがシュメールの心を真っ黒に覆いつくした。体が金縛りにかかったように、まったく動けなくなってしまった。


 だがそんな絶望的な状況下でも、ノクターナルの騎士たちはあきらめず、次々と矢を放った。ナイアとマララが、光の魔法矢を放つ。その矢の雨を、ダルクフォースは結界魔法の盾で防ぎながら、元の場所まで浮かびあがってきた。


 額には第三の眼が大きくひらき、その眼のなかには二十個の目玉がひしめき合い、爛々と輝いていた。


「上出来だ……上出来だよ」


 紫色の唇でそう言ったダルクフォースは、凶器の指をまっすぐに、シュメールのほうへ差し伸ばした。


 二十個の目玉のすべてが、動きをひとつに、ぎょろりと、シュメールを見た。


氷弾クレバラス――」


 ザシュッ


 ――凶弾が発射された!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 絶体絶命――!!


(前回と同じヒキでごめん!笑)



【今日の挿絵】

ネコ族の騎士・エネン

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076507231028

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