25 魔皇帝との対決

 敵は灯火に誘われて、まっすぐに、黒薔薇の間までやってくる。


 ――その大敵に、たったひとりで立ち向かわなければならない。


 そう思うと、シュメールの鼓動は一気に激しくなり、胸が痛いほど締めつけられた。


(……いや、違う。僕はひとりじゃない。ボルカヌスがいる。十二人の騎士たちがいる。ムーシュカ、イリスとシャルロット、みんなが支えてくれている。リンネも、マシューも、王国のみんなが支えてくれている。落ち着け、落ち着け……)


 シュメールは呼吸を深くして、必死に自分の体をなだめた。


 この大広間の扉が開かれたとき、敵は一直線に攻撃してくるかもしれない。用心しておく必要がある。間違いなくトラップを発動できるよう、シュメールは心に呪文を暗誦した。


(ほんとう言えば、逃げ出したい!)


 シュメールは思った。


(……でも、あの時の恥ずかしい気持ち、悔しい気持ちは、二度と味わいたくないんだ)


 守らなければならないはずの姉を、魔犬のもとに置き去りにして、ひとりで逃げ出した……あんな情けないことはもう、まっぴらだった。


 それにあの時とは違って、シュメールには絶対に守りたいものが増えた。ペールネールだ。


(ペールネールと王国のみんなを、命がけで守りたい!)


 その強い思いが、シュメールの魂を奮い立たせた。



 バァンッ!


 ――やがて、黒薔薇の間の大扉が荒々しくひらかれ、一気に、荒くれた魔獣たちが流れこんできた。


 大広間に飛び込んできた魔獣たちは、一瞬、ぎょっとして立ち止まり、部屋のなかをぎょろぎょろと見回した。そこにはいくつもの照明が煌々こうこうと輝き、軽快な音楽が鳴り響いていた。


 黒薔薇の間は、二フロア分が吹き抜けとなっていて、天井が高い。二階部分に半円形のバルコニーが張り出していて、そこで、マララ、ナイア、カウロ、パウロ、ネコ族の三兄弟が、管弦楽を奏でている。


 この音楽には、敵の戦意を喪失させ、味方の勇気を奮い起こす魔法がこめられている。ノクターナルの千年の平和を支えてきた、魔法技術のひとつだ。



 一番奥、宝石で飾られた豪華な玉座に、シュメールが背筋を伸ばして座っている。手前左右に、サンズとポンズが立ち、魔法の壁を張っている。玉座の左右に、ジャックとナルサス。背後にボルカヌスとタルタロスが守護している。


 広間にはテーブルが並べられ、たくさんの料理と食糧が用意されている。すぐにその匂いに気づいた魔獣たちは、わき目もふらず、むしゃぶりついた。


(毒が仕込まれているかもしれぬのに……知能のかけらもないのか……)


 あきれながら、シュメールは敵の様子を観察した。



 それからものの五分もしないうちに、魔獣の群れを押し割って、赤、銀、黒の三色の、派手な長髪の大男が現れた。黒革の鎧に、漆黒のマントを羽織っている。


 男が入ってきた途端、みな背筋が凍りつき、温度が十度も低くなったように感じた。男にまとわりつく暗い瘴気は吐き気をもよおすほど不快で、それは間違いなく、水晶玉のなかに見たあの男――魔皇帝ダルクフォースだった。額の第三の眼は、閉じていた。



 魔皇帝の背後には、ジェネラル・フォーと呼ばれる四天王が付き従っている。


 スキンヘッドに猿臂えんぴの大男……《狂将軍》バシャラ。


 全長三メートルはある、肥え太った二足歩行の巨大カメレオン……《獣将軍》メロレオン。


 半鳥半女。背が高く、脚が長く、巨大な翼の腕を持ち、胸の大きいグラマラスな美女……《猛禽もうきんの魔女》ダルコネーザ。


 白い髪の美青年、《死の幻術師》アンドロメーデス。



 ……シュメールはゆっくり息を吸い込むと、玉座の上から、凛々しい声を張りあげた。


「ようこそ! ノクターナル王国へ!」


 ダルクフォースが、玉座を見あげた。


「貴様は――?」


 地獄の底から響いてくるような、重く、冷たい声だった。愛も情けも感じられぬ、恐ろしい声だ。


 ありったけの勇気をふるい、シュメールは堂々と答えた。


「王子シュメール。ノクターナル王国の国軍総司令にして、女王陛下代理である」


「俺は魔獣どもの皇帝、ダルクフォース」


「……ダルクフォース帝。ようこそ、ノクターナル王国へ。貴殿らを歓迎する」


「貴様に用はない。女王を出せ」


「あいにくと女王陛下は、夜桜をでに、隣国へ御幸ぎょこうされておられる。残念であったな」


「ふざけるな、小僧。女王がこの城にいることはわかっている」


「情報違いであろう。女王陛下に何用か?」


「俺はこの目で見た。夜の女王……冠をかぶった、美しい女だった。女王を妻とし、俺がこの国の王となる」


 シュメールの胸が、激しい憎悪にざわついた。だが顔には一切出さず、堅い口調を変えない。


「女王陛下にお会いしたくば、礼儀正しくなされよ。陛下は無礼なやからを好まぬのでな。……それはさておき、長旅、ごくろうであった。貴殿らの疲れを思い、宴席を用意した。酒食をとり、体を休められよ」


 すでにオークやオーガーらの雑兵ぞうひょうは、料理の半分を平らげ、酒をあおっている。ダルクフォースはかたわらの椅子に、どっかりと腰をおろし、膝を組んだ。


「毒は入ってないようだが……きの遅い毒もある……」


 魔皇帝はそう言って、手元の酒瓶を払いのけた。瓶が次々と床に落ちて、派手な音を立てて割れ砕けた。



 注意ぶかく観察していたボルカヌスは、首をかしげた。


(戦意喪失の魔法が、効いておらぬようだ……)


 バルコニーから奏でている魔法音楽は、オークたちには効いているようだが、ダルクフォース以下、四幹部には効果が見られないようだ。


(身にまとった厚い瘴気が、音楽魔法を遮断しているのか……)



 ダルクフォースは玉座のシュメールをゆび差し、言った。


「……シュメールといったか……。とりあえず、お前を血祭りにあげよう。そうすれば女王が出てくるやもしれぬ」


 その指先に、たちまち黒い瘴気の雲が発生し、氷の塊が凝縮した。


氷弾クレバラス――」


 白い弾丸が、シュメールにむかって発射された。


 ザシュッ――!


 シュメールの左耳をかすめた氷弾は、燃えるような痛みを残し、背後の壁に炸裂した。鼓膜がしびれ、左耳から一切の音が消失した。


 ――サンズとボンズの魔法結界は、あっさり破られていた!



✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 魔法が効かない! 危険度MAX――!!




 ……というわけで、今週もお読みくださいまして、ありがとうございました~!


 次の更新は水曜17:00です。


 来週で、いよいよ第一章終了です。


 みなさま、よいGWを~~!



【今日の挿絵】

梟の騎士・サンズ

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093076332911479

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