24 シュメールを支える、強き者たち

 ノクターナル騎士団のうち、シュメールに従うのは精鋭の騎士、十三名だ。


 団長のボルカヌスを筆頭に、次のような面々である。


 騎士タルタロス。小人の巨人だ。……つまり、背が高い小人で、パッと見は人間と変わらない。しかしボルカヌスよりも筋肉質で、王国一、力が強い。


 エネンコ、マイシャ、カルラガの三兄弟は、ネコ族の騎士で、軽業かるわざが大得意。小人ほどの背丈で、二本足で歩く。二股に別れた尻尾を、いつも元気にふりながら歩いている。


 白ふくろうのサンズと黒梟のボンズは、フクロウ族の魔法騎士。こちらも小人くらいの背丈で、二足歩行だ。


 小人族一の美男、ナルサスは、気持ちのいい笑顔をいつも絶やさない。


 半小人のジャックは、人間と小人のハーフで、誰よりも負けず嫌い。


 人間の双子の闘士、カルロとパウロ。


 エルフのふたりの女騎士、ナイアとマララ。ふたりとも背の高い美女で、耳が尖っている。ナイアのほうは赤い短髪で勝気。マララは美しく長いブロンドで、冷静な性格だ。


 みな、実戦用の黒い騎士服を着ている。



 今、ナイアとマララが、シュメールの左右に付き添っている。短髪のナイアが、歩きながらシュメールに説明した。


「城門から黒薔薇の間まで、照明がともしてありますので、城門が破れれば、敵は一直線にやってくるでしょう」


 シュメールは、ふっと笑ってしまった。


(単純な罠だ……)


 彼はペールネールが罠にかかった時のことを思い出していた。あれと同じような、単純な罠――。


 ――でも、自分たちにはこれしかない。


「千年前の仕掛けが、動くのか?」


「やってみなければわかりません」と、ナイア。


「アルテミスの門は、正確に動きました」と、マララが美しい髪をなびかせながら、静かな声で言う。


「確かにな」


 黒薔薇の間に近づいた、その時だった。思いがけず、


「タラリラ~!」


 と陽気な歌声が、シュメールの耳に飛び込んできた。


 そこでは料理長ムーシュカが、オペラ声を高らかに響かせながら、テーブルのあいだを走りまわっていた。どのテーブルにも、豪華な料理と食材が並べられている。敵を足止めするためのものだ。


「ヌッホッホ! 王子、パーティーの準備は万端ですぞ!」


「ムーシュカ……最後まで残ってくれて、ありがとう……」


「このような非常時に、王子のお役に立つことができようとは、こんな嬉しいことはありません!」


 シュメールとムーシュカはたちまち歩み寄ると、互いの体を固く抱き合った。



 大広間の一番奥に、きらびやかな玉座がある。


 シュメールは、メイク係・イリスと、衣装係・シャルロット……ふたりの若い人間の女性たちと、急いで着替えに取り掛かった。国家代表として、美しく、凛々しくあらねばならない。


 ファンデーションを頬にはたかれているうちに、シュメールの心も落ち着いてきた。ひととおりのメイクを終えると、イリスがシュメールの顔に、花びらが咲きひらくような幾何学模様を描いてゆく。その筆は、ふるえもせず、正確だった。


「君たち、怖くないの?」


 シュメールが尋ねると、ふたりは笑って答えた。


「……いいえ、だって、いつものお仕事ですもの。シュメールさまを美しく飾るのが、私たちの仕事」


「私たち、プロですから」


「ありがとう、助かる」


 女王国の女性は強い……シュメールの目頭が熱くなった。


「シュメールさま、涙はダメです。化粧が流れてしまいます。《固定フィクス》の魔法をかけるまではね」


 イリスはコットンの切れ端で、シュメールの目尻を軽く抑えた。


「ごめん」


 シュメールは唇を噛み、背筋を伸ばした。自分もまた、プロでなければならない。国家を背負うものとして、感情をコントロールし、強くあらねば――そう、自分に言い聞かせた。


「……土より生まれしものよ、水より生まれしものよ、高貴なる肌に留まり、美のいしずえと化したまえ……《固定フィクス》」


 イリスがメイクを長持ちさせる魔法をかけた。これで一日二日は、激しい運動をしてもガッチリ崩れない。


 シャルロットがシュメールの頭に、女王代理の冠をめる。そうしてメイクと衣装が調うと、いつにも増して、シュメールの瞳が強くなった。


「とっても綺麗です、シュメールさま!」


「お人形さんみたい! この十代のもちもち肌……」


「あー、もう、我慢できない! ペールネールさまさえ現れなければ、わたしがシュメールさまに告白してた!」


「あ、ドサクサに紛れて! わたしだって、告白するわ! シュメールさま、好きです! キスしていいですか?」


 イリスとシャルロットが、いつもと変わらぬ冗談口を炸裂させた。


「え? やめてよ!」と、シュメール。


「シュメールさまのケチ!」


「じゃ、手に」と、シャルロット。


「本気?」


「もちろん!」


 シュメールはやれやれと、右手を差し出した。ふたりは順番に、手の甲にキスをした。


「一生の記念にします」


「それを言うなら、『一生の思い出』でしょ?」


 きゃはは、と、ふたりは笑いさざめいて、シュメールも一緒に笑った。ふたりとも一生懸命、この場を明るくしようとしてくれているのだ。その思いが、シュメールの胸にも伝わってきた。


 すこしだけ気持ちがなごんだシュメールは、ムーシュカを呼んだ。


「ムーシュカ。イリスとシャルロットを連れて、大急ぎで地下へ避難してくれ」


「ヌホ! なにをおっしゃいます! 私は最後まで残りますぞ!」


「いや、君にしか頼めない」


「しかし……王子は……」


「僕もすぐに合流する。頼む。このふたりも命がけでここに残ってくれた。ふたりの命を守ってあげてくれ」


 ムーシュカは迷いながらも、うなずかざるをえなかった。


「必ず、合流してくださいよ」


「もちろん。……あ、ムーシュカ。僕が昼の国行きのパートナーに、君を選ばなかったこと、まだ怒ってる?」


「怒ってますとも! ぷんぷん!」


 ムーシュカはふざけた調子で、ユーモラスに両方の拳をふりあげた。


「ボイコットはやめてね!」


「ヌホホ! 地下でエメラルドのステーキをたくさん焼いておきますからな! 冷めないうちにおいでくださいよ!」


「わかった。ありがとう! イリス、シャルロット、ありがとう!」


 最後にイリスとシャルロットは、少し膝を落として、貴族風の正式な礼をして、シュメールに挨拶をした。ふたりとも瞳が波打ち、目が真っ赤になっていた。


 ムーシュカはふたりを連れて、広間の奥にある秘密の階段から、地下へと下りていった。こっそりと涙を隠しながら、最後まで「タラリラ~!」と陽気な歌を歌っていた。心を勇気づけてくれるようなその歌声テノールが階段の奥に消えていくのを、シュメールは、じっと聴いていた。



 フクロウ族の魔法騎士、サンズとボンズが飛び跳ねるようにやってきた。頭はフクロウそのものだが、騎士服を着て、マントを羽織っている。腕は翼だが、指があって器用に剣をふるう。


「われわれが玉座の正面に、結界魔法を張ります」


 と、白フクロウのサンズ。


「シュメールさまの前に、透明な壁が張られます。弓矢など、ちょっとやそっとの攻撃は通しません。ご安心ください」


 と、黒フクロウのボンズ。


「頼もしいな」


 と、シュメールはうなずいた。


 ボルカヌスが来て、告げた。


「副官のデロス以下、城の守備兵をすべて地下に退避させました。翼のある魔獣が侵入し、内側から橋を下ろし、門をひらくでしょう。ここに到達するのは、時間の問題です」


「いよいよか……」


 ゴーン、ゴーン、グワァァァン!


 やがて城じゅうが震えるような地響きがして、城門が破られた。化け物たちが雪崩なだれをうって、城内に攻め込んできた!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 ついに、対決の時が来る――!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る