21 王家の務め

「……僕は、残りますよ」


 突然シュメールがそう言ったので、全員が驚きの目で、年若の王子を穴があくほどに見つめた。


 群臣たちを見回し、シュメールは冷静な顔で言った。


「……みんなが避難するための、時間を稼ぎます。もしかしたら、ダルクフォースをわなにハメることができるかもしれない」

 

 大臣たちはあわてた。


「王子、危険です! 女王陛下とともにお逃げください」


 シュメールは、すっと椅子から立ちあがると、高貴なまなざしを人々に向けた。


「君たちには、わからないかもしれない。王家には、王家の責任というものがあるんだ。王家のうち、誰かひとりは最後まで残らなくちゃね。それが王家の仕事であり、つまり……僕の仕事なんだ」


 その顔は、まっすぐに前を向いて、純粋な使命感に燃えていた。


「シュメール……」


 リンネの瞳が、急にうるんだ。


 リンネは「わたしが残る!」と言いたかった。叫びたかった。――しかし、そう言うわけにはいかない。次期女王として、王国全体のために、リンネは自分を生き延びさせなければならない。


 誰かが残るならば……シュメールしかいない。


 弟の決死の覚悟を思い、リンネは全身をふるわせた。王家の務めのために、命がけで「残る」と言ってくれた弟が誇らしかった。――だが同時に、弟を深く愛するがゆえに、心が千切れるほど哀しかった。言葉が出ないほどに……。


(まかせておいて)


 リンネを安心させるように視線を投げかけて、シュメールは頼もしくうなずいた。


黒薔薇くろばらを使う」

 

 シュメールが言うと、たちまち、ざわめきが広がった


 大広間のひとつ、《黒薔薇の間》には、敵を罠にかけるための大規模な仕掛けがある。床と天井がブロックの石組みになっていて、「支えの魔法」を解除すると、床と天井が崩れ、奈落の底に落ちる仕組みになっている。


 先祖がのこしてくれた防衛のための仕組みで、それを今、使おうと言うのだ。


 大臣たちは悩ましげな顔をした。


「しかし、危険ですぞ! 薔薇のとげは、持ち主をも刺します」


「やってみなくちゃ、わからないさ。ダルクフォースを罠にかける。ボルカヌス、協力してくれないか?」


 ボルカヌスは、即座にうなずいた。


「もちろんです。あなた様の王族としての御覚悟を聞かされた今、私は心の底から、ふるえるような喜びを感じているのですよ。このつまらぬ老いぼれの命……王子、あなた様に差しあげましょう。今日この日を命日とし、黒薔薇の間を墓といたします」


「ありがとう、ボルカヌス! でも、死んでもらっては困る」


「なに、覚悟を申したまでのこと! グワハハハッ、このボルカヌス、たとえ百回殺されても、二百回でも三百回でも生き返ってやりますわ!」


 彼は古兵ふるつわものらしく豪快に笑った。その炎のごとき灼熱の闘気は、まさに《生ける噴火口》! 粘り強い闘志と生命力が、いつもこの人の全身に燃えたぎっているのだ。


 そんなボルカヌスとは裏腹に、人々は唇をみ、嗚咽おえつ咽喉のどにこらえていた。


 リンネは、ぐっと鳩尾みぞおちに力を入れて、勇ましい声で告げた。


「今よりシュメールを、女王陛下代理、兼、国軍総司令に任ずる。みな、異存はないな?」 


「は」


「騎士団長ボルカヌスは、総司令の下につき、彼を支えよ」


「ハァッ」


 すぐにボルカヌスは城内図に歩み寄り、指揮棒でその一ヶ所を、ぴしぴしと叩いた。


「ラーマ女王陛下と、リンネ女王代理は、この『アルテミスの門』からお逃げいただきます」


 アルテミスの門は、城の地下にある、小人の世界への入り口だ。


 地下への出入り口はいくつもあるが、その通路はどれも、人が一人二人しか通れないほど狭い。アルテミスの門だけが、広いメイン通路となっている。


  『門』という名前はついているが、門などという生易なまやさしいものではない。全員を地下に逃がした後、上方から巨岩を落下させ、地下道を完全にふさぎ、敵の追跡を不可能にする。


 ……これもまた、千年前の先祖が遺してくれた、城のからくりだった!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 全員を退避させるため、そして、魔皇帝を罠にかけるため、


 城に残るシュメール――!

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