20 狂将軍バシャラ
何万匹という魔獣の足音は、城をふるわせるほどだ。
水堀と城壁によって隔てられてはいても、荒々しい息遣いや、不吉な気配が間近に伝わってくる。時が経てば経つほど、その包囲が、重く、厚くなってゆく。けたたましい蛮声、挑発と笑い声が、うるさいほどに城外から響いてくる。
普段なら夜の森に漂っているはずの
「なんてニオイだ……」
その異臭に、小人の城兵たちは思わず鼻を覆い、首に巻いているスカーフを目の下まで引っ張りあげた。
翼を持つ魔物たちもいて、すでに小人の弓隊、エルフの弓隊、森の民の弓隊が応戦している。エルフは優れた弓手でもあった。あちらの
敵の先陣中央には、身長二メートルはあるだろう、禿げ頭の男が立っていた。革の鎧を着て、頭も体も、青い
禿げ頭の男は、居丈高に叫んだ。
「俺たちは、魔皇帝ダルクフォースの軍団である! 俺様は狂将軍バシャラ! 今すぐわれらに降伏し、城門をひらけや!」
それに対し、城壁の上から、見事な、張りのある声が響き渡った。
「ノクターナル王国、騎士団長ボルカヌス! 貴様らと交わす言葉はない。すみやかにこの地を去るがよい!」
高峰にとどまる
バシャラは笑いながら叫んだ。
「シャハハハハッ、ボルカヌス……そのちんけな名前、覚えておいてやる! 一番の血祭りはまず貴様からだ。お前ら、ボルカヌスを殺せ!」
化け物たちは笑い狂いながら、「殺せ」「殺せ」と声を合わせて
「チィッ、しょうがねぇな……」
バシャラという男は、腕が異様に長い。パッとその手に槍をつかむと、体をしならせ、
槍はぐんぐんと風を切って迫り、狙い過たず、ボルカヌスの胸を貫かんとした。ボルカヌスはあわてもせずに「フン」と鼻を鳴らすと、槍をかいくぐり、宙で掴み取った。すぐに手の中で、槍をクルリとひっくり返す。
「――わが闘志よ、
ボルカヌスが呪文を唱えると、槍が燃えあがり、炎の槍と化した。
全身の筋肉を固く張りつめたボルカヌスは、後ろへ反動をつけ、思い切り、空に投げ返した。
火の鳥のようにぐんぐんと飛翔しながら――炎の槍はあっというまに飛び迫り、バシャラの頭を突き刺さんとした。あわてたバシャラは、すんでのところで禿げ頭を沈めた。
槍は背後の地面に深く突き刺さった。その途端、魔法の火炎が四方八方に飛び散った。炎はバシャラの尻にも燃え移った!
「アチィ! アチィ!」
尻を押さえながら跳ねまわるバシャラの姿を見て、ぎゃははははっ、と、オークたちの狂笑が巻き起こった。
「てめぇら! 笑ってんじゃねぇ! 水もってこいや! 水!」
よだれを垂らしながら笑うオークの顔を、バシャラが殴りつける。オークはそれでもなお笑い転げている。
……そんな大騒ぎを眼下に見つめながら、ボルカヌスは言った。
「馬鹿どもめ! この調子ならば、敵は容易に踏み込めまい。デロス、しばらく頼む」
「ハッ」
副官のデロスに現場を預けると、ボルカヌスは一旦、城内に引き下がった。
☪ ⋆ ⋆
蓮華の間では、会議がひらかれていた。
長机の上には、アル・ポラリス城の大きな見取り図が広げられている。
その机を囲んで、二十ほどの椅子に、王族、大臣、貴族たちが着席している。ネコ族の族長、フクロウ族の族長、エルフの族長、森の民の族長など、各種族の族長たちも集結している。
中心にいるのはリンネで、《女王代理》を示す、金色の王冠を頭につけている。
人々は苦々しく語りあった。
「これほどまでにおびただしい数の魔獣が、
「……なんらかの原因で、短い年月のあいだに、異常発生していたのでしょう」
「苦手なはずの月や星の光まで、克服しているとは……」
「……」
大臣たちの口ぶりは、重い。
このような時に、騎士団長ボルカヌスほど頼もしい者はいない。彼は常と変わらぬきびきびした態度で、今やらねばならないことを簡潔に説き示した。
「いずれにせよ、われらが戦力では、数万の魔物に太刀打ちするは、不可能! 今、為すべきことは、王家の皆さまとここにいる全員を、地下にお逃がしすることです。城に逃げ込んだ民たちは、すでに地下に避難を終えております」
アル・ポラリスの地下には、小人たちの地下世界が広がっており、複雑に張り巡らされた蟻の巣のようになっている。小人たちはみな地下に住居を持ち、ムーシュカら、城に務める者も地下から出勤しているのだ。
年かさの大臣が叫んだ。
「ボルカヌス、王城を捨てよと? 千年の長きに渡って威容を誇ってきた、われらが美しきこの城を?」
「われらの誇りを捨てよというのか!?」
色めき立つ大臣たちに、ボルカヌスは尻ごむ
「そのとおり! 誇り? そんなものは、つまらぬ誇りです。敵にくれてやりなさい! 城など、石くれの固まりにすぎません!」
「なんだと?」
この不敬な発言に、大臣たちが色めきたった。それを制して、ボルカヌスは叫んだ。
「勘違いなさるな! 真の誇りは、みなさん一人一人の胸にある。一人一人が命を失わず、
変化を受け入れることが苦手で、保守、守旧の心に凝り固まった人間の大臣たちは、なおも渋った。「王城を捨て、モグラのように尻尾を巻いて逃げよと……?」
ボルカヌスはあくまで冷静に、説得をつづける。
「地下はわれら小人の世界。地下ならば、いかようにも防御できます」
全員が悩ましげに、リンネのほうを向いた。
リンネはうなずいて、歯切れよく言った。
「ボルカヌスの言うとおりだ。『誇り』は、この城にあるのではない。われらひとりひとりの胸にある。――全員を地下へ避難させる。よいな?」
「は」
「……僕は、残りますよ」
突然シュメールがそう言ったので、全員が驚きの目で、年若の王子を穴があくほどに見つめた――
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
――果たして、シュメールの真意は!?
※ 攻城戦 …… ちなみに、われわれの世界の中世ヨーロッパでは、城攻めの際に「破城槌」や「天秤式石投げ機」といった大きな機械を使いましたが、ダルクフォースの魔獣軍はそのような機械文化を持っておりません。
その代わり、翼のある魔物や、雷撃を放つ魔物などがいて、やっかいではあります。
【今日の挿絵】
暁の仙女・シャオレイ「恥ずかしいから、見ないでくださ~い!」
……と言われると見たくなるよね笑
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