19 魔皇帝ダルクフォース

(ボンヤリしていては、いけない!)


 最初の衝撃からようやく立ち直った女王ラーマは、リンネ、シュメール、ペールネール、マシュー、ブランディンらを引き連れて、水晶玉の部屋に移った。


「魔皇帝ダルクフォースとは、一体、何者か? 何が起こっているのか? 私が水晶球で確かめます」


 女王は椅子に腰かけると、口早に祈りの言葉を唱え、両手を水晶玉にかざした。指の長い手のひらから、薔薇色の光が花びらとなって、水晶玉に吸い込まれてゆく。


 すると、松明たいまつを手に手に、闇のなかを行軍する恐ろしい魔獣の群れが、玉のなかに映し出された。 


 オーク……豚に似た醜い顔、厚い皮膚、口から牙を生やしている。短足で、毛深い。鎧を着て、手には武器を持っている。


 オーガー……人食い鬼。三メートルを越える巨人で、潰れたような醜い顔をして、角があり、牙をむき出している。ほとんど裸で、原始的な斧を握っている。


 ……いずれも獰猛どうもうにして、凶暴な魔獣だった。


 他にも、体は人間であるものの、頭が狼や牛などの、半人半獣の者たちが多くいる。オーガーをはるかに越える、巨人の姿も見える。


 シュメールたちは女王の反対側に立っていたが、水晶玉のなかに、それらの映像を見ることができた。


「魔皇帝は、どこに――?」


 女王の思いにすぐに反応して、映像は魔獣の群れを通り過ぎ、中央の戦闘馬車に乗っている、ひとりの男へと接近した。


 身長二メートルはある、筋肉質の大男だ。赤毛、銀毛、黒毛……三色が束になって混ざりあった長髪。黒革の鎧を着て、黒いマントを風になびかせている。


 蒼ざめた白い肌、高い鷲鼻、紫色の大きな唇には、長い銀色の牙がのぞいている。金色に燃えるような瞳は、美しいといってもよいほどだ。一見したところ、この男は、高貴な美男に見えた。


 だが、ラーマたちが見守るなか、ふいにそのひたいが横長にパックリとけた。……それは、第三の眼だった。


 その大きな目の穴の中には、二十個ほどの小さな目玉が、ブドウのようにひしめきあっていた。目玉のひとつひとつが、てんでバラバラに動いて、あちらを見たり、こちらを見たりしている。


 この恐ろしい顔が、水晶玉に大写しになった、その瞬間――


 ダルクフォースの二十個の目玉が素早く動き、すべての視線がこちらへと注がれた!


 ダルクフォースがこちらをゆび差した。


 音声は聞こえないが、なにかを叫んでいる――!


「バカな! こちらが見えているの!?」


 ラーマは恐怖におののきながら叫んだ。


(魔皇帝と、意識がつながってしまった――!)


 あわててラーマは透視を閉ざそうとしたが、その一瞬前に、ダルクフォースは太い腕から黒い雷撃を放った。雷撃は時空を飛び越え、水晶玉の深奥から、ラーマにむかって襲いかかった。


 ヴァキッ――!


 激しい音を立て、水晶玉が粉々に破裂した。そこにいた全員が悲鳴をあげ、身をよじらせて、破片を避けた。


「女王陛下――!」 


 侍女たちの、絹を裂くような悲鳴があがった。女王ラーマは床にいて、仰向けにひっくり返り、頭から血を流し、意識を失っていた。


「なんということだ――! 陛下をお運びしろ!」


 あわてふためいた小人たちが、女王を担架に乗せ、寝室へと運んでゆく。城じゅうが蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。


「みな、落ち着け!」


 ふいにあがった清らかな声に、ハッと、人々はふり返った。


「わたしが女王を代行する!」


 リンネだった。昂然こうぜんと顎をもたげ、さもそれが当たり前のように、人々を見おろしている。その場にいた全員が、リンネの方をすがるように見て、しんと押し黙った。


 ――リンネとて、胸のなかは恐怖と焦りでいっぱいだった。しかし表には、あわてた様子を見せず、恐れを見せず、堂々とふるまっていた。母ラーマが倒れたその瞬間、彼女のなかに眠っていた女王のたねが、はじけてひらいた。


「緊急会議をひらく! 蓮華れんげに、ボルカヌスと大臣たちを招集せよ!」


 人々はみな粛々と、リンネの高らかな声に従った。


(すごい、姉上……)


 一瞬で人心を掌握したリンネに、シュメールは舌を巻く思いがして、心のなかで姉を絶賛した。


 シュメールは母の枕元で治癒魔法ラファライトを施したが、女王の意識は戻らない。


(母上……)


 シュメールは母の手を取り、祈るような気持ちで額に押し当てた。


「ペールネール」


「はい」


「君はブランディンと一緒に、母上についていて」


「わかりました」


 しおしお……ペールネールの顔も蒼白になっていた。ふたりは少しのあいだだけハグして、勇気を交換しあった。




 ブゥオオオオオオオゥゥウ! ブゥオオオオオオオゥゥウ!


 城中で、城下で、危険を告げる角笛つのぶえが吹き鳴らされた。


「城下の者たちを、城内へ、あるいは地下の小人たちの国へ避難させよ!」


「急げ! 急げ! 敵の動きは速いぞ!」


 死に物狂いの大急ぎで、城下の人々は大切な物を袋に詰めると、それを担いで家を飛び出した。避難民が続々と、城の橋を渡ってくる。狩猟民の森の民や、森に住む高貴なる種族、耳長のエルフたちもいる。


 橋は跳ね橋になっており、すべての避難民が渡り終えると、城のほうへ跳ねあげられた。これで敵は、水堀を渡ることができない。正門と裏門、ふたつの橋があげられ、門は固く閉ざされた。



 明けて、十五日――。


 黒い濁流が流れこんでくるごとく、北につながる街道のすべてから、数万匹の魔物の群れが流れこみ、怒涛の勢いで押し寄せてきた。


 オーク、オーガー、半人半獣……水晶玉で見たとおりの、怪異な化け物たちだ。口々に奇声をあげ、吠え声をあげ、森を無惨に焼き払いながら攻め寄せてくる。


 あれよあれよという間に、濁流のごとき敵は、アル・ポラリスの城堀を取り囲んでいた――!



✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 全権を託された、リンネ――


 ついに包囲された、アル・ポラリス城!

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