16 騎士団長ボルカヌス

 「武闘の庭」を、松明たいまつの火が明るく照らしている。


 ノクターナル騎士団長・ボルカヌスは、五十代の小人だ。その肉体は容赦なく鍛えこまれており、大きなボールをいくつも集めてねあげたかのように、筋肉がもりあがっている。特別に大きな鼻、太い眉、目はワシのように鋭い。髪は燃えるような、こわい赤毛だ。


 ――その仇名は、《生ける噴火口》。


 幼い頃からあらゆる武闘大会で優勝を繰り返し、今でも、闘いにおいてこの人の右に出る者はいない。にらまれただけで力が抜けてしまうような、威圧的で恐ろしいその風貌ふうぼう


 ……だがそれとは裏腹に、ボルカヌスが、ネコちゃんやクマちゃんなどが刺繍されたかわいい肌着を着ていることを、シュメールは知っている。


 対戦相手がもしその肌着を見たら、ボルカヌスの強烈な闘気と、かわいらしい動物ちゃんとのギャップに拍子抜けしてしまうだろう。


 だがそれはまったく、ボルカヌス本人の趣味ではなく、奥さんの趣味であり、手仕事なのである。ボルカヌスは奥さんに頭があがらないので、それを断れないのだ。奥さんは本当は、肌着だけでなく、上着にも刺繍したい。しかし、「それだけはどうか……」と、ボルカヌスは必死に頭を下げて、勘弁してもらっているのである。


「ノクターナル王国で一番強い戦士は、ボルカヌスじゃないぜ。ボルカヌスのおかみさんさ!」


 と騎士団連中が冗談口で笑いあっているのを、シュメールは何度も聞いたことがある。



 ……それはともかく、シュメールの最後の武闘訓練として、ボルカヌスは創星剣スタークリエーターの使い方を指南した。


「まずは指輪のまま、相手に近づきます。そして相手の攻撃をけつつ、相手の背後へ受身うけみを取ります。ふりむきざまに『フォルメ・ソード』……剣を出します。こちらが手ぶらだと思っている相手のスキを突くのです」


 シュメールは言われるままに、体を動かす。指輪から剣へ。スムーズに変形させなくてはならない。変形のタイミングで、シュメールは剣を落としそうになる。


!」


 と、ボルカヌスが厳しい叱声を飛ばした。王子だからといって、容赦しない。


「手をじたばたさせてはいけません。剣は自然に、あなたの手に収まってくれます。剣を信じ、剣の動きに任せなさい」


 一時間ほど、剣術の練習をして、稽古は終了となった。


「王子、あなたには教えねばならないことがたくさんあります。もし昼の国で窮地に陥って、命を奪われそうになったら、どんな屈辱を受けても、自分の命が助かる道を選びなさい。そして、しぶとく再起を図るのです。それから……」


「ちょっと待った、そんなにいっぺんに色々言われても、おぼえられないよ」


「くぅ~! 本当ならばわしが昼の国に一緒に行って、色々と教えて進ぜたかったのに! なぜ王子はこのボルカヌスを、パートナーに選んでくれなんだのか!」


 と、ボルカヌスは太い眉をつりあげ、地団太を踏んで悔しがっている。


(こ、この人も、ムーシュカと同じ口か――!)


 と、シュメールは絶句した。



 食事時には、いつも顔を見せるはずの料理長ムーシュカの姿が見えず、副料理長のロンサンが現れた。


「あれ? 料理長は?」


 ロンサンは、呆れ笑いをしながら、


「あの人は、王子が昼の国行きのパートナーに選んでくれなかったので、仕事を休んで不貞寝ふてねしてますよ」


 シュメールは苦笑して、肩をすくめた。


(まったく、いい年のおじさんたちが、困ったものだ……!)


 ……とは思いつつ、そのような小人の純心が、シュメールは嫌いではなかった。小人たちはいつも感情を真っ直ぐに表して、裏表がなかった。ボルカヌスのこともムーシュカのことも、シュメールは大好きなのだ。



  ☪ ⋆ ⋆



 王宮の庭には、赤やピンクのハイビスカスが、花の雨のように咲いていた。


 シュメールはふと、子供時代のことを思い出した。彼はよくここで、リンネと一緒に「女王と騎士ごっこ」をした。


 リンネが九歳、シュメールが七歳のときだった。ふたりが駆け回って遊んでいると、リンネの前に大きなカエルが現れた。


「あ! カエル! 騎士シュメール、つかまえて!」


「う、うん!」


 シュメールは恐る恐るカエルをつかみ、池まで持っていって、思い切り投げた。ぽっちゃん……カエルは古池に飛び込んだ。


「女王様、敵を追い払いました!」


「シュメール、そなたは素晴らしき騎士じゃ。お礼にこれを授けるぞよ」


 小さな女王は、芝居がかった口調でそう言うと、エメラルドでコーティングされたチョコクッキーを取り出して、騎士シュメールにさずけた。


 ふたりの子供はベンチに並んで座って、宝石のクッキーを食べた。甘くて濃厚で、頬がとろけそうに美味しかった。


 バサッバサッと風を叩く音がして、時折、ギーッと木のきしむ音が聞こえてくるのは、城壁の高い場所にえられた、風車の回る音だ。そちらを見あげながら、シュメールは言った。


「風車が回ってる」


「うん。あの風車で粉を引いて、小麦粉を作るでしょ? それで、こんな美味しいクッキーができるわけ」


「ふうん。リンネは物知り……」


 言葉の途中で、ふいに、シュメールは心臓が止まりそうになった。


 ――芝生の上に、翼の生えた黒い野犬がいた。


 風に乗って迷いこんで来たらしい。獰猛どうもうに目を血走らせ、長い牙をき出し、地面によだれを垂らしている。子供の体など、一瞬で噛み伏せてしまうだろう。


「うわっ」


 シュメールはゾッとして、姉の体にすがりついた。リンネの体もふるえていた。


「やばいよ、どうしよう……?」


「き、騎士シュメール、た、たちむかいなさい!」


「ええ? リンネ、むりだよ!」


 シュメールは真っ青になった。


「あなたはそれでも騎士ですか?」


「あわわわ」


 混乱したシュメールは、姉を置き去りに逃げ出した。


「こらーっ、待ちなさい!」


 リンネは叫びながらも、近くに落ちていた木の枝を握って、黒犬と向き合った。襲いかかってきたら、殴りつけてやるつもりだった。


 リンネと黒犬は、にらみあった。


 ……じりじりと、時間だけが過ぎてゆく。


 ついに痺れを切らした野犬は、ガッと大口をあけ、牙からよだれをふりまきながら、リンネに襲いかかった――!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 恐ろしい魔犬に立ち向かうリンネ! ――どうなる!?



【今日の挿絵】

リンネ・子供時代

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093075667533630

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