16 騎士団長ボルカヌス
「武闘の庭」を、
ノクターナル騎士団長・ボルカヌスは、五十代の小人だ。その肉体は容赦なく鍛えこまれており、大きなボールをいくつも集めて
――その仇名は、《生ける噴火口》。
幼い頃からあらゆる武闘大会で優勝を繰り返し、今でも、闘いにおいてこの人の右に出る者はいない。
……だがそれとは裏腹に、ボルカヌスが、ネコちゃんやクマちゃんなどが刺繍されたかわいい肌着を着ていることを、シュメールは知っている。
対戦相手がもしその肌着を見たら、ボルカヌスの強烈な闘気と、かわいらしい動物ちゃんとのギャップに拍子抜けしてしまうだろう。
だがそれはまったく、ボルカヌス本人の趣味ではなく、奥さんの趣味であり、手仕事なのである。ボルカヌスは奥さんに頭があがらないので、それを断れないのだ。奥さんは本当は、肌着だけでなく、上着にも刺繍したい。しかし、「それだけはどうか……」と、ボルカヌスは必死に頭を下げて、勘弁してもらっているのである。
「ノクターナル王国で一番強い戦士は、ボルカヌスじゃないぜ。ボルカヌスのおかみさんさ!」
と騎士団連中が冗談口で笑いあっているのを、シュメールは何度も聞いたことがある。
……それはともかく、シュメールの最後の武闘訓練として、ボルカヌスは
「まずは指輪のまま、相手に近づきます。そして相手の攻撃を
シュメールは言われるままに、体を動かす。指輪から剣へ。スムーズに変形させなくてはならない。変形のタイミングで、シュメールは剣を落としそうになる。
「じたばたしない!」
と、ボルカヌスが厳しい叱声を飛ばした。王子だからといって、容赦しない。
「手をじたばたさせてはいけません。剣は自然に、あなたの手に収まってくれます。剣を信じ、剣の動きに任せなさい」
一時間ほど、剣術の練習をして、稽古は終了となった。
「王子、あなたには教えねばならないことがたくさんあります。もし昼の国で窮地に陥って、命を奪われそうになったら、どんな屈辱を受けても、自分の命が助かる道を選びなさい。そして、しぶとく再起を図るのです。それから……」
「ちょっと待った、そんなにいっぺんに色々言われても、
「くぅ~! 本当ならばわしが昼の国に一緒に行って、色々と教えて進ぜたかったのに! なぜ王子はこのボルカヌスを、パートナーに選んでくれなんだのか!」
と、ボルカヌスは太い眉をつりあげ、地団太を踏んで悔しがっている。
(こ、この人も、ムーシュカと同じ口か――!)
と、シュメールは絶句した。
食事時には、いつも顔を見せるはずの料理長ムーシュカの姿が見えず、副料理長のロンサンが現れた。
「あれ? 料理長は?」
ロンサンは、呆れ笑いをしながら、
「あの人は、王子が昼の国行きのパートナーに選んでくれなかったので、仕事を休んで
シュメールは苦笑して、肩をすくめた。
(まったく、いい年のおじさんたちが、困ったものだ……!)
……とは思いつつ、そのような小人の純心が、シュメールは嫌いではなかった。小人たちはいつも感情を真っ直ぐに表して、裏表がなかった。ボルカヌスのこともムーシュカのことも、シュメールは大好きなのだ。
☪ ⋆ ⋆
王宮の庭には、赤やピンクのハイビスカスやブーゲンビリヤが、花の雨のように咲いていた。
シュメールはふと、子供時代のことを思い出した。彼はよくここで、リンネと一緒に「女王と騎士ごっこ」をした。
リンネが九歳、シュメールが七歳のときだった。ふたりが駆け回って遊んでいると、リンネの前に大きなカエルが現れた。
「あ! カエル! 騎士シュメール、つかまえて!」
「う、うん!」
シュメールは恐る恐るカエルをつかみ、池まで持っていって、思い切り投げた。ぽっちゃん……カエルは古池に飛び込んだ。
「女王さま、敵を追い払いました!」
「シュメール、そなたは素晴らしき騎士じゃ。お礼にこれを授けるぞよ」
小さな女王は、芝居がかった口調でそう言うと、エメラルドでコーティングされたチョコクッキーを取り出して、騎士シュメールに
ふたりの子供はベンチに並んで座って、宝石のクッキーを食べた。甘くて濃厚で、頬がとろけそうに美味しかった。
バサッバサッと風を叩く音がして、時折、ギーッと木のきしむ音が聞こえてくるのは、城壁の高い場所に
「風車が回ってる」
「うん。あの風車で粉を引いて、小麦粉を作るでしょ? それで、こんな美味しいクッキーができるわけ」
「ふうん。リンネは物知り……」
言葉の途中で、ふいに、シュメールは心臓が止まりそうになった。
――芝生の上に、翼の生えた黒い野犬がいた。
風に乗って迷いこんで来たらしい。
「うわっ」
シュメールはゾッとして、姉の体にすがりついた。リンネの体もふるえていた。
「やばいよ、どうしよう……?」
「き、騎士シュメール、た、たちむかいなさい!」
「ええ? リンネ、むりだよ!」
シュメールは真っ青になった。
「あなたはそれでも騎士ですか?」
「あわわわ」
混乱したシュメールは、姉を置き去りに逃げ出した。
「こらーっ、待ちなさい!」
リンネは叫びながらも、近くに落ちていた木の枝を握って、黒犬と向き合った。襲いかかってきたら、殴りつけてやるつもりだった。
リンネと黒犬は、にらみあった。
……じりじりと、時間だけが過ぎてゆく。
ついに痺れを切らした野犬は、ガッと大口をあけ、牙からよだれをふりまきながら、リンネに襲いかかった――!
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
恐ろしい魔犬に立ち向かうリンネ! ――どうなる!?
【今日の挿絵】
リンネ・子供時代
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます