15 ペールネール、騎士になる

なんじ、騎士たれ――」


 女王はペールネールの肩を、剣で軽く叩いた。


 戦争のないこのノクターナル王国では、騎士というのは「名誉職」に過ぎない。実際、ペールネールに戦いを望んでいる者など、誰もいない。


 ……格好だけのものではあるが、これでペールネールは高貴な身分となり、シュメールの昼の国行きの護衛騎士として公認され、さらに内々では、王子の婚約者の第一候補となったのである。



「これからも、シュメールを守る騎士として、務めに励んでくださいね」


「はい!」


 王女にむかって、ペールネールは元気に返事をした。



 白い祭祀服のシュメールが進み出ると、ペールネールの緊張が少しほどけた。


「力を抜いて……」


「はい」


 シュメールは手のひらをかざした。ペールネールは視線を落とし、目をつむる。


「祝福を君に……騎士祝福ラギュライト――」


 手のひらから力強い光が放射され、ペールネールの体に勇気と力を与えてゆく。


 こうして、新しい騎士・ペールネールが誕生した。



  ☪ ⋆ ⋆



 格式ばった叙任式の後は、篝火かがりびかれた庭に出て、自由な立食パーティーだった。


 たくさんの人々が好き勝手におしゃべりをして、乾杯のグラスを打ち合わせ、小皿に料理をもらってきて……と、たいへんなにぎわいだ。王宮楽団が、華やかで陽気な音楽を奏でている。人々は料理のブースを見てまわり、どれを食べようか、あれも、これもと、わくわくしながら歩き回った。



 ペールネールのもとには真っ先にリンネが来て、手をとりながら「きゃーきゃー!」とはしゃいだ。


(姉上、うるさいです……)


 恥ずかしさにまぶたを伏せたシュメールに目もくれず、リンネは叫ぶように言った。


「ペールネール、おめでとう! わたし、ずっと妹も欲しかったの! 『ぺるる』って呼んでいい?」


「はひ、王女さま」


「姉上さまって呼んで」


「あ……姉上さま……」


 ペールネールは、恥ずかしくて真っ赤になった。


「かわいい! ぺるる!」


 リンネは羽根に顔を埋めるように、ペールネールの体をぎゅっと抱きしめた。



 鳥の巫女ブランディンも、式からの流れでこの場にいる。珍しくおめかしして、顔にはお化粧もしている。


 スズメの精、メジロの精、ヒヨドリの精。それから、普段は別の場所に住んでいるハトの精も連れてきた。みんな《天使態》の少女で、かわいらしいドレスに身を包んでいる。ペールネールの晴れ舞台に、四人の娘たちも大喜びだ。


「わあー、みんな! おめかししてきたね! シ、オ、シ、オ!」


 と、ペールネールは飛びあがって喜んだ。


「すごいよ! ペールネール!」と、スズメの精のシュー。


「おめでとう!」と、メジロの精のミシェル。


「ペールネールは、みんなの誇りだよ」と、ヒヨドリの精のフルール


「みんなが手伝ってくれたおかげだよー」と、ペールネールは涙を浮かべる。



「みんなでおいしい木の実、集めてきた!」と、ハトの精のエレンが、リボンのついた袋を渡す。


「わあー、うれしい! すごくうれしい! みんな、大切に食べるね」


 五人の鳥娘たちは、きゃっきゃきゃっきゃと大はしゃぎだ。



 その一方で、ラーマ女王とブランディンは意味ありげな視線を交わすと、にぎやかなパーティーに背をむけ、ふたりして奥の部屋へと入っていった。大きくてやわらかなソファにふたりが腰を沈めると、給仕たちが飲み物を運んできた。


「ブランディン、あなたが賛成してくれたおかげで、事がとんとん拍子に運びました」


 女王の言葉に、老ブランディンは、しわがれた声で答えた。


「女王陛下、私の方こそ、わが娘ペールネールを特別に取り立てていただいたご恩に、深く感謝いたします」


「ペールネールを昼の国にやること、あなたはどう思って?」


 問いかける女王に、ブランディンは知恵深い、ゆるぎない瞳を向けて答えた。


「あれは、本能のままに生きております。本能の赴くままにさせてやるのが、一番の幸せかと思うております」


「わたくしも、ペールネールには幸せであってほしいと願っています」


 微笑む女王に、ブランディンは物思わしげに尋ねた。


「出立の日時でございますが……」


「そう、それを相談したかったの」


 女王は少しだけ、眉を曇らせた。「わたくしの占いでは、十五日までは大凶と出ました。それゆえ、十六日を出発の日としたのです」


「不思議なこと。私の占いでも、同じでした。十五日までは、大凶と」


「なにか、感じませんか? わたくしは感じるのです。不吉な、影のような……」


「おっしゃってはいけません。不安を口にすれば、魔を呼びます」


 と、ブランディンは声をひそめ、鋭い調子で警告した。


 夜の国には言霊ことだまの信仰があって、不安を言葉にすれば、現実化すると言われている。老巫女は、そのことをいましめたのだった。


 女王も思慮深く、うなずいた。


「わかっています。わたくしはどこまでも、夜の女神を信じるのみです」


「鳥たちに警戒をさせましょう。異変があれば、すぐに知らせるようにと」


「頼みます。ふたりの出立の日まで、城にいてくれますね?」


「そういたしましょう」


 老ブランディンはうなずいた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 不吉な予感に気をもむ、女王とブランディン――なにかが近づいている!?




 ……というところで、今週もあっという間でございました。


 ここまでお読みくださいまして、ありがとうございます!


 次の更新は、水曜17:00になります。


 みなさま、よい週日を~!


【今日の挿絵】

ペールネール・騎士服

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093075510800639

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