14 シュメール、ペールネールに告白する

「なかに入って、話してもいい?」


「どうぞ」


 シュメールは椅子に腰かけた。小さなテーブルの反対側に、ペールネールも座った。テーブルの上には、一冊の本がひらかれていた。


「あ、姉上の書いた本……。これ、騎士と女の子の、恋物語だよね」


「はい、とってもおもしろいです!」


「うん、僕も好きだな」


 そんな自然な会話で、すこし落ち着きを取り戻したシュメールは、大きく息を吸い、単刀直入に質問した。


「ペールネール、君、昼の国に行ってみたいとかって、思う?」


 無理いはしたくないし、しちゃいけない……とシュメールは思っている。


 すると思いがけず、


「行ってみたいです!」


 と、たちまち答えが返ってきた。満月のような笑顔を輝かせるペールネールに、シュメールの心臓が、どきりと、もだえた。


「行くとしたら、僕とふたりで行くことになるけど、いいの?」


「え? 変ですか?」


「え、ほら、僕は男だし、君は女の子だし……」


「シュメールさまが嫌じゃなければ、わたし、行ってみたいです」


 あっけらかんとしている。


「じゃ、一緒に行こう」


「はい!」


 全身に血がめぐって、シュメールは舞いあがりそうな心地よさに襲われた。心臓が早鐘のように打っている。


 リンネの本が、ちらりと目をかすめて、姉から言われた言葉が耳に甦った。


『……告白する時は、騎士らしく、堂々と、ちゃんと目を見て、気持ちを伝えるのよ』


 シュメールは椅子から立ちあがった。


(僕は騎士……僕は騎士……)


 そう心のなかで自分を励ましながら、ペールネールのそばに片膝をついて、穏やかに手をとった。


「?」


 ペールネールは何が起こるのかと戸惑いながら、シュメールのなすがままに任せている。その黒い瞳を真っ直ぐに見つめて、シュメールは唇をひらいた。


「騎士シュメール・エール・ノクタリアは、命をかけてあなたを護ります。ペールネール、僕の恋人になってください」


 その言葉を聞いたペールネールは……まだ『恋人』の意味はあまりよくわかっていなかったけれど……シュメールと特別な関係になるのだということはわかったし、そうなりたいと思った。


 シュメールの視線を受け止めて、ペールネールはまっすぐに答えを返した。


「はい」


 あっけないほど、簡単だった。


 涙がこぼれるほど神聖な気持ちになって、シュメールはペールネールの手に、唇を捧げた。よろこびのほのおが燃えあがり、ペールネールの手の甲から心臓へと、またたくまに駆けあがった。


 立ちあがったシュメールに、影が寄り添うようにして、ペールネールも立ちあがった。シュメールは《影吸いの宝石》を取り出すと、ひとつを自分に、そしてもうひとつを、ペールネールの首にかけた。ふたりの影は一瞬で消えて、魔法のなかで、ふたつの体が溶け合った。


 ふわふわと浮きあがるような心地がして、どうしていいかもわからず、ふたりはしばらくのあいだ不器用に体を寄せ合っていた。たったそれだけでも、心は、めいっぱいに幸せだった。


 窓の外は、満天の星空――


 吹雪のように星が降りそそぎ、光の雲のようなあまがわが流れている。


(――Si haut!)


 ペールネールは背中の翼をうずかせた。……わたしたちは今、とても高い所にいる!


 まるで、ふたりで抱き合いながら、夜空を飛んでいるかのようだった。


 ずっと、どこまでも、ひとつになって飛んでいきたい……


 どこまでも、どこまでも……


 夜のとばりのなかで、心と体がひとつに溶けあってゆく。


 シュメールはペールネールのすべらかな髪を撫でると、その無垢で無防備な唇に、しずかに顔を近づけた。




 さてさて、ところが――


 ドサササッ


 突然、大きな音がすぐ近くで響いた、! ふたりとも飛びあがらんばかりにびっくりして、扉のほうにふり返った。人が、もつれ合って倒れている。


「リンネ~、押さないでぇ!」


「母上こそ!」


「苦しい~!」 


 ラーマとリンネとマシューだった! マシューは一番下でつぶされている。「た~ず~け~て~」


「みんな、なにやってんの!?」


 恥ずかしさで真っ赤になったシュメールに、母はようやく起きあがって、両手を合わせた。


「ごめーん! 気になって見にきちゃったのぉ~! 物音がしなくなったから、あれあれ?と思いながら扉にしがみついてたら、ひらいちゃったのよー。オホホ!」


 オホホじゃないよ! ……と、シュメールは頬をふくらました。盗み聞きしてたなんて!


「ペールネール、私はシュメールの母です。初めまして、よろしくね、おほほ」


「シュメールさまの、ははさま……」


 背の高いラーマが艶然と微笑ほほえむのを、ペールネールは唖然と見あげた。


 リンネも立ちあがって、


「がははっ、シュメール、ごめんね~。もう、こうなったら、今からみんなでご飯食べようよ!」


「そうしましょう、そうしましょう」と、母。


「わーい、わーい! 新しい姉上だ!」と、マシューまではしゃいでいる。


 シュメールは、やれやれとため息をつきながら、ペールネールの手を握った。


「ごめんね、びっくりさせちゃって」


 ペールネールは楽しげにシュメールの手を握り返すと、にっこり笑った。



  ☪ ⋆ ⋆



 その七日後、アル・ポラリス城の大広間で、ペールネールの騎士叙任式アコレードが行われた。


 体にぴったりとした、純白の騎士服! 黄金の縁取ふちどりと、レースの飾りそでが華麗だ。腰には、もっとも軽い細剣レイピアいている。


 少女騎士は、あんず色の翼を高く広げ、凛とした顔つきで、玉座にいる女王を見あげた。



 女王ラーマは立ちあがり、右手に握った宝剣を、ゆっくりと、ペールネールの左肩に下ろした。おごそかに、低く……麗しい声が、玉座の間に響き渡った。


「夜鶯の精霊、ペールネール。あなたは王子シュメールのために命をかけて、遠い暁の国へおもむき、魔法の宝物である《影吸いの宝石》を見事に持ち帰りました。その苦難と成功を賞して、あなたを騎士に任命します。なんじ、騎士たれ――」


 女王は剣のひらで、ペールネールの肩を軽く叩いた。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 一歩ステップアップした、ふたり――


 そして、ペールネールが騎士に!?

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