13 誰と一緒に?
影吸いの宝石は、ふたつある。つまり《昼の国》には、ふたり行けるのである。誰をお供に連れていくかが問題だった。
シュメールの《昼の国》行きが公表されてから、いつにも増して頻繁に、料理長ムーシュカが顔を出すようになった。
「ヌッホッホ、実は私も幼い頃から、昼の国には憧れておったのですよ」
とか、
「昼の国のことは、ずいぶん本を読んで研究しましてな。私以上に詳しい者はおりますまい」
とか、
「もし私と一緒に旅行する者があれば、最高に幸福でしょうなァ。なぜなら、私が毎日、美味しい料理を作ってさしあげるのですから! ヌッホッホ!」
などと、毎日激しくアピールをかけてくる。
(……う、うざいかも……)
シュメールはソファに身を投げて、ふぅぅ、とため息をついた。
(……でもまあ、昼の国に憧れる者どうし、ムーシュカの気持ちは分からないでもないけどね。ムーシュカとふたりで冒険旅行……。確かに、美味しいものは作ってもらえそうだけど……)
いまいち、シュメールのなかで、しっくりとこなかった。
(現実的に考えると、ボルカヌスと行くのがいいのかな……)
小人のボルカヌスは、王国騎士団の団長だ。シュメールに幼い頃から剣と体術を教えてきた師匠でもある。この国一番の戦闘の達人であり、多少ながらも魔法を使う、魔法戦士でもある。
(師匠とふたりで行ったら、守ってもらえて安全だろうし、武術のこともいっぱい教えてもらえるだろうし。正真正銘の、武者修行になる)
それが一番いいかもしれない……シュメールは思った。
☪ ⋆ ⋆
「誰と行くか、決めたの?」
リンネに問われた時、シュメールはすこし視線を迷わせた。
「ううん、迷ってるんだけど……ボルカヌスがいいかな、と思うんだ……」
「ふうん……」
リンネは大きな瞳で、シュメールの顔をじろじろ見つめてから、天井に目をそむけた。
「わたしの勘だけど、それって、なんか違うような気がするなー」
「え?」
「母上に占ってもらいなよ」
「その手があったか……」
シュメールは、うなずいた。
母のもとに行くと、すぐに狭い小部屋に通された。高い天井にはクリスタルの天窓があって、月の光が、七色のスペクトルに分光して差し込むようになっている。一方の壁に、ミキエルディシスの祭壇がしつらえてある。黒の女神の神像が
部屋の中央には、小さな丸テーブルがある。テーブルには厚い布がしかれ、正方形のクッションの上に赤ん坊の頭ほどの大きさの、透明な水晶球が置かれていた。
祭壇を背にして座ったラーマは、目をつむり、しばらくのあいだ、祈りの文句を唱えていた。対面して座ったシュメールも、
――やがて、女王は目をひらいた。
「さあ、占ってみましょうか。『昼の国に、誰を連れていくのがよいか』」
「はい」
「水晶玉を、のぞいてごらんなさい」
のぞき込んだ球の中には、ひしゃげた自分の顔と部屋の様子が映り込み、切れ切れの色彩になっている。
「なにが見える?」と、ラーマ。
「……なにも……」
シュメールは眉間にしわを寄せ、水晶玉をにらんだ。特別なものは、なにも見えてこない。そんな息子の様子を見て、ラーマは声高く笑った。
「力を抜いて、リラックス、リラックス……はい、ゆっくり深呼吸して……」
母に言われるまま、シュメールは胸をひらいて、ゆっくりと空気を吸い込んだ。
「今から特別なことをしようだなんて、思っちゃダメ。お母さんと一緒に、水晶玉で遊ぼう。いい?」
「……うん」
ラーマはシュメールの手をぎゅっと握ってから、両手を水晶玉の上にかざした。たちまち水晶玉の上に、祝福の光がふりそそぐ。シュメールの発する祝福の光は神秘的な緑色だが、女王の祝福の光は深い薔薇色をしており、笑いさざめくような温かみがあった。
「どう? なにが見える?」
「黒い霧が……」
「……その霧は、あなたのなかの常識や
「真実の光……」
「そう。あなたの心は、あなたが幸福になる道筋を、すべて知っている。その光に触れれば、あなたの心は、軽くなり、明るくなり、楽しくなる。霧を押しのけて、光を見つけるのよ。楽しいことを思い浮かべて」
シュメールが楽しいことを思い出そうとした瞬間、水晶玉を覆っていた黒い霧がパァッと千切れ飛んで、そこに、光輝く幻の情景が浮かんだ。
――それは、未来の情景だった。
眩しいほどに明るい、輝ける世界を、シュメールは旅していた。
ひとりではなかった。ふたりだった。その人と一緒にいることが心底うれしくて、胸がはずんで、体が勝手に飛び跳ねてしまうほどだ。シュメールは顔を寄せて、その人の顔をのぞきこんだ。
水晶玉にその顔が、はっきりと映し出された。
「見えたわね?」
「うん、見えた」
「わたしにも見えたわ」
ラーマは、にっこりとして、うなずいた。
「……でも、僕たちは、まだ出逢って、少ししか
シュメールが言うと、ラーマは、ふふと笑った。
「そうね。でも、自分が心から望んでいることがわかったでしょう?」
「うん」
「本人に尋ねてみなさい」
「はい」
ラーマ女王は、息子の肩を勇気づけるように抱きしめると、部屋から送り出した。
☪ ⋆ ⋆
シュメールが扉をノックすると、
「はい」と言って、すぐに少女が出てきた。
「シュメールさま!」
ペールネールだ。楽な部屋着の格好をしている。シュメールが王子であることを知ってからは、呼び名に「さま」が付いている。
シュメールは緊張して、動きがとてもぎこちない。扉の前の、なんでもないところでつまづいた。
「うわっ」
「大丈夫ですか?」
ペールネールが手を触れると、シュメールはそれだけで体が熱くなった。
「だ、大丈夫。……どお? 体調は?」
声が裏返っている。それを気にもせず、ペールネールは、
「はい。もう、すっかりよくなりました。美味しいジュースや木の実をたくさんいただきましたから……。侍女さんたちはみんな親切だし、ムーシュカさんもおもしろいです!」
ペールネールの顔は血色を取り戻し、頬にはあざやかな薔薇色が差していた。
シュメールとラーマ女王が水晶玉のなかに見たのは、まさにこの少女の、幸福感に満ちた、おだやかな顔だった――!
✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱
次回、シュメール、いよいよ恋心を打ち明ける――
告白タイムです笑 シュメール君、がんばって~!
【今日の挿絵】
ペールネール、ちょっと露出度高め!?
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