12 魔法の針・スタークリエーター

「王家に伝わる、魔法の針、スタークリエーターです」


 女王ラーマはそう言って、この針にまつわる神話を、シュメールに伝えた。



「原初、この世界は真っ白な、天国の光に包まれていました」


 ……と、女王は語りだした。


 その光はあまりにもまぶしく、熱かったため、世界はたちまち熱暑に焼かれ、川や湖は干上がってしまった。


 そこで夜の女神ミキエルディシスは、人々のために真っ黒なカーテンで空を覆った。これが夜の国のはじまりだという。


 ――ところが今度は逆に、世界が冷えすぎてしまい、凍りついてしまった。そして、闇を好む魔物たちがわがもの顔で跳梁跋扈ちょうりょうばっこしはじめた。


 考えた女神は、空にかけた真っ黒なカーテンに、黄金の針で、たくさんの穴をあけた。それが、『星』である。


 『星は、夜空に開いた穴なのだ』……と、この国の神話では語られる。その穴から、天国の光と熱とが地上に届いて、氷を溶かし、魔物たちを追い払ったのだと。


 『星を見れば、人は、天国の光に触れることができる』……夜の国の人々は、そう信じている。


 女王は言う。


「……そういうわけで、その時、女神が世界の創造に使った黄金の針は、王国に代々受け継がれる神器じんぎになったと伝えられています。この針は、『創星剣』とも、『スタークリエーター』とも呼ばれます」


「これが古代神話に出てくる、創星剣スタークリエーター? ただの針にしか見えませんが……」


「右手で、針をつまんでごらんなさい」


 シュメールは小箱のなかから、針を取りあげた。女王は教えた。


「呪文を唱えなさい。『フォルメ・リング』と」


「フォルメ・リング……」


 シュメールが口にした途端、針は一瞬で形を変え、人差し指に巻きついて、黄金の指輪となった。


「剣に変える時は、『フォルメ・ソード』です。気をつけて……」


「フォルメ・ソード……わっ!」


 ずっしりした重さに肘が沈み、危うくシュメールは剣を取り落とすところだった。あわてて、つかを握りなおした。


 剣化したスタークリエーターは、両刃の大剣ブロード・ソードだ。やいばは黄金の滑らかな光を放ち、刀身に、不思議な古代文字がつづられている。


「その剣が、あなたの身を必ず護ってくれるでしょう。他にもさまざまな金属器に変えることができますから、研究してみなさい」


「はい。フォルメ・リング」


 唱えた途端、剣は指輪に変わり、しっかりと人差し指に納まった。


「すごい! ありがとうございます!」


 シュメールは母にむかって深く一礼した。ラーマはうなずくと、そばで見守っていたリンネとマシューに目を向けた。


「シュメール、あなたがいないあいだ、祝福の祭祀はふたりが代行します」


「はい。姉上、マシュー、よろしくお願いします」


「がははっ! 行って来い、行って来い!」


 リンネがいつものように、大口をあけて、品なく笑う。


(姉上……ほんとにムコの来手がなくなるぞ……)


 と、シュメールは苦笑した。



  ☪ ⋆ ⋆


 

 ひと段落して、シュメールは玉座の間から、自室へと戻った。


 ふと、リンネの、がははっという笑いが、胸に蘇った。


(――姉上って、昔からあんな笑い方だったけ?)


 小さな頃は、女の子らしく、口元を押さえて上品に笑っていた気がする。いつからだろう? リンネが、がははっと笑い出したのは?


 ……しばらくしてから、ハッと気づいて、背中に電撃が走った。


(父上が亡くなってからだ――)


 その答えは、シュメールに気づかれるのをずっと待っていたかのようだった。


(そうか! 姉上は、僕とマシューの父親代わりになろうとしてたんだ……それで、父上を真似て、がははっと笑いはじめたんだ……)


 夜の国を離れようとしている今だからこそ、シュメールの胸には、自分たち家族の絆が切ないほどに迫ってきた。


 父が亡くなったとき、リンネは十歳、シュメールは八歳。マシューなどは、まだ二歳だった。


 リンネが弟たちの父代わりをして、シュメールもマシューの父代わりになって。リンネには父代わりはいないけれど、母ラーマがしっかりと目を配って。そして母の寂しさは、子供たちみんなでフォローして。そうやって、家族みんなでフォローしあいながら進んできた。


 がははっというあの笑いは、弟たちの父親役を務めようという、リンネの強くやさしい心から発していたのだ。


(姉上――。自分だって、大好きな父上を亡くしたのに。そんなつらい気持ちのなかで、弟たちの父代わりになろうと思うなんて、簡単なことじゃなかったはずだよね……)


 今、急に目を見ひらかされたシュメールは、心にふるえを感じた。


「姉上……。一生ついていきます……」


 そう誓いたくなるくらいに、これは、シュメールにとっては大きな感動と発見だった!




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 男っぽい笑いに隠された、リンネの心――


 次回、シュメールが昼の国へ連れて行くパートナーを選ぶ!?



【今日の挿絵】

笛を吹くマシュー

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093075332800349

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