10 暁の仙女・シャオレイ

 ――それからペールネールは、台所で待ったり、庭を散歩したり、寝室に並んでいる本をひらいてみたりして、人が現れるのを待ったが、誰も現れない。


 本は天金の豪華本で、ページをめくると、騎士と貴婦人が手をとりあう、麗しい絵が描かれていた。大きな文字の、童話だった。


(ノクターナルの文字だ……)


 著者は、リンネ・アル・ノクタリアとある。それがシュメールの姉だとは、ペールネールは知らない。


 ブランディンが読ませる教科書の他は、ペールネールはほとんど本を読んだことがない。でも今、灯火ともしびの下、本の文字をゆっくりと目で追ってゆくと、胸が鼓動を打ちはじめ、すぐにもとりこになってしまった。


(――おもしろい!)


 書かれていたのは、胸が躍る、笑いと涙の物語! ……ペールネールは夢中になって読みふけった。


 ひと段落したところで、台所に行ってみると、またしてもお粥が用意されていた。


(え? いつのまに!?)


 別のお皿に、桃が乗っている。鳥が好む木の実もある。お茶もれ直されている。


 ペールネールのお腹が、ぐぐっと鳴った。食欲と誘惑に負けて、食事をいただくことにした。お粥はおいしく、桃は頬が落ちそうなほど、甘くて、さわやかだった。


 食べ終わると、庭に出て、暇つぶしに歌を歌った。また、本を読んだ。それから、森で出逢った少年のことを考えた。


(シュメール、どうしてるかな?)


 ……そうして一日中待っていたが、ついに仙女は現れない。眠くなり、ベッドで眠った。


 そして起きると、また服が変わっている。またしても見たことのない服だ。次の日も、その次の日も……



一日目 チャイナドレス

二日目 セーラー服

三日目 ナース服

四日目 お姫様プリンセスドレス

五日目 十二単じゅうにひとえ

六日目 鎧と、ミニスカート

七日目 ウェディングドレス



 ――七日目、ついに痺れを切らしたペールネールは、置き手紙を書くことにした。



 暁の仙女さまへ、

 

 わたしは夜鶯の精霊で、ペールネールといいます。

 夜の国、ノクターナル王国の森にある、鳥の巫女の洞窟に住んでいます。

 どうしても『影吸いの宝石』が必要なので、お借りしていきます。

 用が済んだら、また返しにきます。

 どうかお許しください。


 ペールネール



(もう、考えていても仕方がない! やっぱり、わたしは考えるのが苦手。思い切って行動しよう! ……おばあちゃん、シュメール、罠だったら、ごめん!)


 ペールネールは奥の部屋に行って、躊躇せず、ふたつの宝石を掴んだ。前と同じく影が消えたが、それ以上に特別なことは起こらなかった。


(この服、どうしよう……)


 頭から薄紗ベールをかけ、華やかな白いドレスをまとった少女じぶんが、鏡の中からこちらを見つめている。ペールネールは迷ったが、脱いでしまうことにした。


(なんか、すごく楽しかった……)


 ペールネールにとっては、わけのわからないカッコウばかりだったけれど、毎日、鏡をのぞくのが楽しかった。童話本もおもしろくて、たくさん読むことができた。


(リンネ・アル・ノクタリア……憶えておこう……)


 食事も、桃も、お茶も、美味しかった。家は綺麗で、ほっとするような、温かな雰囲気に満たされていた。


(きっと、暁の仙女は、綺麗好きで、温かい心の人ね)


 と、ペールネールは考えた。



 一旦、《小鳥態》に変身し、ちょんちょんと跳ねて、ウェディングドレスのなかから抜け出す。そしてすぐに、《天使態》になる。鳥の精ならではの、一気に服を脱ぐ必殺技だ。


 ベールとドレスをベッドに並べ、影吸いの宝石をふたつ、首にかけると、裸のまま家を飛び出した。


 門を出た瞬間、また呼吸が苦しくなって……魔法の力が働いて……気づけば元どおりの服とマントコートを着ていた。


 シ、オ、シ、オ――


 ペールネールはふたつの翼をはためかせ、高山の空を降りていった。



  ☪ ⋆ ⋆



 誰もいなくなった仙女の家では、《暁の仙女》シャオレイが現れ、侍女のメイユイと一緒に台所でお茶を飲んでいた。


「――ああ、ひさしぶりに楽しかったぁ!」


 シャオレイが満面の笑顔で叫ぶ。


 見た目は二十代、背が高く、目の細い美人だ。ゆったりとした広袖ひろそでの、中華風シノワズリの衣装に身を包んでいる。人の思いや、未来を見通す仙力をもつ、偉い偉い大仙女様なのだが……。


 ペールネールが体験した不思議は、仙女シャオレイの、いたずらだった。


「ひさしぶりに、仙女さま好みの子が現れましたね!」


 とメイユイ。こちらも目が細く、子猫のような愛嬌がある。


 シャオレイの趣味は、異次元世界の服コスチュームの収集だ。そしてそれを自分が着るのではなく、可愛い女の子に着させることに至福の喜びを感じていた。


 最近は、なかなかそのコスプレ欲求を満たしてくれる子がいなかったのだが、ついにペールネールという、格好のターゲットを見つけた。


 自分とメイユイに透明化の魔法をかけ、ペールネールが眠ると、隠し部屋から出てきて服を取り替えた。透明になったまま、ペールネールが驚き、異装で歩き回る姿をじっくりと楽しみつつ、念写の術でたくさんの撮影に成功していた。


 最初は一日目のチャイナドレスだけで満足していたが、ペールネールが七日も滞在してくれたので、その分楽しめた。


「大満足です!」と、シャオレイ。


(ほんとうに、ごうの深い仙女さま……)


 メイユイは、クスリと笑う。


「それにしても、影吸いの宝石をあげちゃうなんて、シャオレイさまは太っ腹ですね」


「うふふ」と、仙女は意味ありげに笑った。「もし、他の宝に手をつけたら、あの子には呪いがかかるところでした」


「え? そうなんですか?」


「うん。だけど、あの子の目には、影吸いの宝石しか見えてなかった。自分の命を助けてくれた恩人に報いることしか考えてなかったから」


「純粋な子なんですねー。シャオレイさま好みの……」


「そう。……多分、もうすぐあの子には、あの宝石がほんとうに必要になると思うの。夜の国は、これからたいへんなことになるようだから……」


「きゃー、怖い!」と、メイユイは頬を押さえて叫ぶ。「でも、シャオレイさまは、下界の争いには介入できませんもんねー」


「そう。私の強力な仙力は、『下界の争いに介入しないこと』を条件に手に入れたもの。だから、私にしてあげられるのは、あの宝石をあげることくらい。……あの仙境ここの桃やお茶をいただいたから、すこしは頭がよくなって、勇気も増えて、体も丈夫になったはずよ」


「直接、会ってあげればよかったのに」


 と、メイユイが不満げに口をすぼめると、シャオレイは真っ赤になった。


「わたしが極度の恥ずかしがり屋で人見知りだって、知ってるでしょ!」


 そう言って、隠れるようにして、両手で顔を覆っている。メイユイは、シャオレイのことをかわいらしく思うと同時に、


(この人、よくこんなで、仙女になれたな~)


 と、不思議に思うのだった。


 メイユイの目つきを見て、シャオレイはその思いに勘づいた。


「あまりに恥ずかしがりだから、透明になる魔法を極めることができたの~っ」


「なるほど~」


 とりあえず納得したメイユイは、テーブルの上に広がっているペールネールのコスプレ写真を指さした。


「黒い髪と黒い瞳だから、十二単じゅうにひとえが似合ってましたねー!」


「うん、かわいかったわー! わたしは意外と、チャイナも好きだったけど」


「そういえば、異世界の仙女友達から、チアリーダーの衣装、届いてませんでしったけ……?」


「しまった! そうじゃん! 忘れてた! メイユイ、ペールネールを連れ戻してきて!」


「今さら無理ですって、あきらめましょう」


「ああん、忘れてた~! ……わたしのバカバカバカ!」


 手足をじたばたさせる女主人を見て、メイユイはケラケラと笑うのだった。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 話が脱線したところで、今週は終わってしまいました~~!


 また来週……次の更新は、水曜17:00です。どうぞよろしくです~~!


 シリアス路線に戻ります。



 こちら名古屋は、桜が満開です。


 みなさま、よい桜日和を~~!




【今日のNG変換、笑】


○シノワズリ ⇒ ×死の和刷り




【今日の挿絵】

ペールネール/ウェディング・ドレス

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093075097388733

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