9 ペールネール、宝石を見つける

 白雲の峰――


 そこは雪をかぶった山脈が連なる、高山地帯だった。樹木は一本も生えておらず、白い雪氷の斜面には、深くて狭い谷が入り組んでいた。すこし息が苦しいのは、空気が薄いからだ。


 あたりは夜明け前の、うっすらとした青い光に包まれている。


 山頂めざし、ペールネールは元気に翼をはばたかせた。



 しばらく雪の上を飛んでゆくと、一軒の家が見えてきた。家の周囲を、四角い石積みの壁が取り囲んでいる。驚いたことに、石壁の周囲には雪がなく、そこにだけに春が訪れたかのようだった。


(ここが、暁の仙女の家……)


 石壁の内側にも、雪は見えない。まるで別世界のように、樹木が立ち並び、青葉を風にそよがせている。ペールネールは空から壁を越えて、木立のあいだに降り立った。


(あ、なんか、息が楽になった……魔法なのかな……)


 ペールネールが顔をあげると、おいしそうな桃の実がすずなりだった。とろけるような甘い香りがただよってくる。ペールネールは、ごくんと生唾を飲んだ。


(人様のおうちだから……)


 遠慮して桃には手を出さず、自分の水筒から水を飲んだ。


 桃の林に囲まれるようにして、一軒の家が建っている。藍色の瓦屋根、あざやかな朱色の柱、壁は白く塗られている。御殿ごてんのような、華美な小家だ。


 ペールネールは入り口に立った。


「ごめんくださーい」


 涼やかな声が、石床に反響しながら、薄暗闇のなかに吸い込まれていった。――誰もいないようだ。


 少しだけ内側に入って見回すと、そこは台所だった。


 突然、右のほうで、しゅうしゅうと湯気が吹きあがり、カラカラッ、カラカラッとあわただしい音がした。かまどの鉄板の上で、ポットにお湯が沸いて噴きこぼれている! ペールネールはぶらさがっていた鍋つかみを急いで手にはめ、ポットを脇に移動した。


 テーブルの上には、今できあがったばかりのような、おいしそうなお粥が湯気を立てていた。


(え? お食事しようとしてたのかな……?)


 ペールネールはもう一度、奥にむかって叫んだ


「ごめんくださーい! 誰かいませんか?」


 しかし、誰も現れない。


(しょうがない、ここで待ってよう)


 かわいらしく彩色された木の椅子に、ペールネールは腰かけた。自分の袋から木の実を取り出して、おなかを満たした。


 ……旅の疲れもあって、急に眠気を感じた彼女は、テーブルに両腕を置いて、顔を伏せて、すやすやと眠ってしまった。



  ☪ ⋆ ⋆



 ふと気づいたペールネールは、異変を感じ、あわてて起きあがった。そこは台所ではなく、隣の部屋の、ベッドの上だった。


 しかも、翼のない《人間態》になっている。


 ――さらには、着ている服が変わっていた!


 丸首で、体をしめつけるような、細くぴったりしたピンクのチャイナドレスだ。腿のあたりからスリットが入っている。ふと感じた違和感に、頭を触って驚いた。


「わっ」


 近くにあった鏡を、恐る恐るのぞきこんだ。長い黒髪が結いあげられて、お団子になっている。


(わわわっ、なんか、見たことのない格好になってる!)


 驚きながら台所へ行ってみると、陶器の湯飲みに、琥珀色のお茶が注がれていた。今、れたばかりのように、湯気を立てている。


(え? どういうことなんだろう?)


 お茶の横に、白い紙が置かれているのに気づいた。



「お茶をどうぞ 奥へ」



 と、書かれている。


 喉がかわいていたペールネールは、茶椀を持ちあげ、おそるおそる口につけた。華やかな香りが広がって、心が軽くなる。体がうるおって、あたたかさがじんわりとしみこんだ。


 それから、勇気をふるって、奥の部屋へと向かった。奥には、同じような石床の部屋がみっつほどあって、部屋のあいだに扉はない。どの部屋にも、一本足の燈明とうみょうが置かれ、火が灯されていた。


 一番奥の部屋に入ったとき、ペールネールは驚いた――


 三方を囲む飾り棚に、さまざまな宝物が並べられていた!


 金のべ棒、銀の粒を山盛りにしたうつわ、色あざやかにきらめく宝石、黄金のさかずき、血のように赤い珊瑚さんご、つやのある美しい織物、華やかな香りを放つ香木こうぼく……


 部屋のまんなかには小さなテーブルがあり、そこに、ベルベットの布をかけた台が置かれている。台の上には、真珠色をした大粒の美しい宝石が、ふたつ並べられていた。宝石には鎖がつけられていて、首にかけられるようになっている。


 宝石の下に、紙が置かれていた。



「影吸いの宝石


 必ずふたつ一緒に、もっていくこと」



(わ! これだ!)


 ペールネールの心臓は、びくんと高鳴った! そして次の瞬間、彼女はハッと硬直した。


(……そういえば、これって、もしかして『罠』!?)


 赤い実が並んでいて、喜んで食べて行ったら、檻のなかに入ってしまった……あんなふうな、罠なのだろうか?


(時間はあるし、よく考えてみよう……)


 ペールネールは、う~んと難しい顔をして、しばらく考えてみたが、結論は出ない。


 思い切って宝石を取ろうと手を伸ばすと、指が触れるその前に、手の影が宝石をかすめた。その瞬間――ペールネールの体から、ふっと、すべての影が消えた。


(影がなくなった――!)


 宝石から、離れる。するとまた、影が現れた。


(まちがいない! これが、影吸いの宝石だ!)




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 探していた宝石が見つかった!


 どうする、ペールネール!? 罠かも!?



【今日の挿絵】

わ、なに!? この格好……!?

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093075022130968

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