6 ペールネールの手紙

「シュメール様、お手紙が届いてますよ」


 侍女が銀色のトレーに、大きな葉っぱを乗せて運んできた。


「手紙?」


「オウムがくわえて、運んできたそうです」


「?」


 シュメールが葉っぱを裏返すと、そこにはかわいらしい女性の字が、つづられていた。



「シュメールへ


 このあいだは、命を助けてくれてありがとう。

 『昼の国』について、すこしだけわかりました。

 もう三ヶ月待ってください。素晴らしいものが手に入るかもしれません。


 ペールネール」



 ……たったそれだけだったので、シュメールはすこし、がっかりした。


(また会えると思ったのに……)


 会いたさは、つのるばかり。シュメールはもう一度、葉っぱに目を通した。


(字、ちゃんと書けるんだ……)


 けしてお上品ではないけれど、元気いっぱいの文字。その文字から、ペールネールの鼓動が伝わってくるようで、シュメールの胸はときめいた。


(鳥の巫女の洞窟って、どこなんだろ? 探しに行ってみようか……)


 そうも思ったけれど、あいにくの小人たちのベビーラッシュ!で、シュメールは忙しく、年中行事も重なって、まとまった時間が作れない。窓から夜の森を見つめるたび、シュメールはため息をついた。



  ☪ ⋆ ⋆



 ラーマ女王、シュメール、姉のリンネ、弟のマシュー……夕食後の時間を家族だけの居間ソーラーで過ごすのが、四人のいつもの習慣だ。


 家族部屋の壁には、若き日の父、騎士レムリエルの肖像画が架かっている。絵のなかの父は、まだ二十代。黒髪に黒い瞳、シュメールにそっくりの端正な顔立ちだ。ふたりとも髭が薄いのは、遺伝だろう。この人は、三十歳の若さで天国に旅立った。


「ねえ、今日は合奏しようよ!」


 リンネがシュメールに誘いかけた。ふたりとも、楽な部屋着に着替えてきたばかりだ。


 リンネはシュメールより二つ上で、『女王太子じょおうたいし』……すなわち、次期女王である。母ラーマにそっくりの美貌の持ち主で、黒髪を後ろでポニーテールにしている。何事にも好奇心が強く、観察好きな性格で、いつも黒い瞳を、きらきらと輝かせている。


「いいけど、楽器はなに?」


「シュメールがピアノ、わたしがバイオリン」


「僕も混ぜて!」と、十歳の弟のマシューが割り込んでくる。


「じゃ、マシューはタンバリン」と、リンネ。


「えー? 違うのがいい!」


 じゃれついてくるマシューの両脇に、シュメールは腕を入れて持ちあげる。マシューは足をばたつかせ、喜びながら逃げる。そんなふうにじゃれあいながら、シュメールは言った。


「リコーダーにしなよ。マシューはリコーダーがすごく上手だからさ」


 兄の褒め言葉に、マシューは瞳を輝かせた。


「うん、そうする!」


 マシューにとって、シュメールは父代わりなのだ。



 シュメールはピアノの前に座ると、ポンポンと音を鳴らし、姉のバイオリンの調律チューニングを助けた。マシューはぴーひょろぴーひょろ、笛を遊ばせている。


「じゃ、みんな用意はいい? いくよ」


 シュメールは軽快な四拍子で、ズッチャ、ズッチャ、と伴奏をはじめた。右手で短い装飾音オブリガートを弾いて、バイオリンを誘う。


 軽快なピアノにうまく答えて、バイオリンが小刻みに入ってくる。リンネは腕に力を入れ、腰を沈めた。すると一気に空気が明るくなって、音楽がはじまった! ワクワクするような、きらびやかな音楽だ。


 まるで空を飛ぶように、自由にメロディーを描き出すのは、リンネの十八番おはこだ。マシューは雲の上の天使のよう。遊び心たっぷりに、リコーダーを吹きころがす。


 いつもはリンネが演奏を主導するのだが、今日は違った。


(おやおや……)


 とリンネは、ピアノのほうを見て思った。


 シュメールの手のひらが、祝福の時と同じように輝いて光の粉を放っている。どうやら、本人は気づいていないらしい。


(シュメール、どうしちゃったの? かろやかで、甘美で、情熱的パッショネート! ――まるで今はじまったばかりの恋みたいじゃない!?)


 演奏しながら、リンネはクスクス笑った。


 シュメールの魔法のような演奏につりこまれ、リンネもマシューも興が乗り、ついついテンポがあがる。音符が細かくなる。


 母のラーマ女王は、プライベートの簡単な服装で、結いあげていた髪も下ろして、リラックスしきっている。小人が造った気持ちのよいゆり椅子に腰かけて、子供たちひとりひとりに目を配りながら、熱心に耳を傾けている。


 父の肖像画も秘めやかに微笑んで、子供たちの音楽に聞き惚れているようだ。


 三人は最後まで、即興演奏の高波からふり落とされずに弾きとおすと、シュメールがズッチャッチャと曲を着地させ、ジャーンと長音で演奏を終えた。


 途端に、母ラーマの大きな拍手が鳴り響いた。


「すばらしいわ! 私の天使たち!」


 すでに椅子から立ちあがっていたラーマは、ひとりひとりの頭を両手で抱きしめて、キスして回った。リンネもマシューも頬を上気させて、弾けるような笑顔を浮かべた。


 ただ、シュメールだけは立ちあがりもせず、母のキスを髪の毛に受けても、鍵盤をぼんやりと見つめたままだ。リンネはすぐに気づいて、


(ははぁ……やっぱりね)


 と、ひとりで含み笑いした。




✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


あたたかな家族団欒だんらんのひととき。 


次回、姉リンネ、シュメールの恋に迫る――



【今日の挿絵】

リンネ・アル・ノクタリア

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093074838776443

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る