5 夜鶯の精霊

 月の光に真っ白な肌をさらして、シュメールの目の前に、長い髪の少女が立っていた。


 髪と瞳はシュメールと同じ、この国の住人に特有の黒……夜の湖のように、なまめかしい漆黒だ。背中には、あんず色の翼をひろげている。背はシュメールよりも、すこし低い。


 初めて間近に見る、家族以外の女性のからだに、シュメールは硬直して、目が離せなくなった。


(なんて綺麗なんだろう……)


 その視線を感じて、ペールネールは頬を染めた。


「《天使態》になるのは、ひさしぶりなの。変かな?」


 シュメールは《天使態》の意味がわからなかったけれど、あわてて首をふった。


「ううん、ぜんぜん。……で、でも、女の子は服を着たほうがいいよ」


 シュメールは肩に羽織っていたマントを脱ぐと、さらっと、ペールネールの胸のふくらみの上へかけて、背中に回し、羽根の下で縛った。簡単なワンピースのようになった。


「わたし、夜鶯の精霊、ペールネール。あなたは?」


「ぼくは、シュメール」


「たすけてくれてありがとう、シュメール。この素敵な木の実をあげるね」


「人間には食べられないかも」


「そうなんだ……お腹こわす?」


「うん。でも、記念にもらっておくよ。ありがとう」


 シュメールが受け取ると、ペールネールはうれしそうに、にっこりと笑った。



 明るい月あかりが、ふたりを照らしていた。


 あたりには樹齢千年をこえる大樹が幾本もそびえ立ち、太い根が網の目のように絡みあっている。あちこちにヒカリゴケがこんもりと積もって緑色の光を発し、樹間を明るく照らしている。その様子はまるで、森の奥の奥にまで星空が広がっているように見えた。


「あ! 夜香花イェライシャンが咲いてるよ」


 シュメールがゆび差して見あげた場所には、美しい黄色の花々が、流星の雨が降るようにすずなりに咲いていた。


「いい香り!」


 花の下に立ち止まり、ふたりとも思う存分、さわやかな香りを吸い込んだ。


(新しい友だちができた!)


 ふたりはうきうきしながら、近くに腰かけて色々な話をした。ペールネールが打ち明けたのは、次のような話だった。



 ペールネールの両親は精霊ではなく、ただの夜鶯よるうぐいすだった。最初はペールネールも、ただの小鳥として暮らしていた。他の夜鶯よりも赤味が強く、あざやかな色をしていた。


 そして不思議なことに、人間の言葉が理解できた。自分は普通の夜鶯と違うかもしれない、と思いはじめた。


 父鳥も母鳥も、二、三年で亡くなってしまった。兄鳥や姉鳥たちがペールネールを導いて、《鳥の巫女》と呼ばれる老婆が住む、洞窟に連れていってくれた。


 そこにはペールネールと同じような鳥の精たちがたくさんいて、仲よく助け合って暮らしていた。スズメの精、メジロの精、ヒヨドリの精、ハトの精……みんな女の子で、ペールネールはすぐにみんなと友達になった。


 小鳥の姿から、《人間態》、《天使態》への変身を覚え、言葉の読み書きを学んだ。


「……だから今では、《鳥の巫女》のお婆さんと、鳥の精の仲間たちが家族なの。シュメールは、家族はいる?」


「いるよ。父はいないけど、母と、姉と、弟。みんな仲良しだよ」


「しあわせだね」


「うん」


 ふたりは微笑ほほえみ合った。


 シュメールは父がいないことを幸せとは思わなかったけれど、今の生活は、十分に幸福だった。ペールネールも同じで、鳥の巫女に勉強を教わったり、友達とおしゃべりしたり、歌を歌ったり、毎日を楽しく暮らしていた。


 会話が途切れたので、シュメールは頭に浮かんだことを喋った。


「僕、今、《昼の国》に行きたいと思ってるんだ。《昼の国》って、聞いたことある?」


「昼の国? 聞いたことないな。教えて」


 シュメールはこれまでに知ったことを、ぜんぶ話した。


 昼の国が、どんなに明るく、まぶしく、美しいか。自分はそこへ行ってみたいのだけど、行くことができない。なぜなら夜の国の住人は、昼の国へ行くと、影ができてしまう。


 影をもたない昼の国の住人は、影をとても嫌っていて、もし昼の国の住人に影を見られてしまったら、どんなひどい目に遭わされるか、わかったものじゃない。殺されてしまうかもしれない。


 ……シュメールはそこまで話し、ため息をついた。


 熱心に耳を傾けていたペールネールは、うなずいて言った。


「わたし、あなたのために、なにかできるかもしれない。鳥の巫女のお婆さまや仲間たちに、聞いてきてあげる。シュメールは、どこに住んでいるの?」


「お城だよ」


「お城? ……お城って、アル・ポラリス?」


「そう」


「お城に行けば、あなたに会える?」


 シュメールは首から王家の紋の入った首飾りを外して、ペールネールの首にかけた。


「城の門番にこれを見せて、『シュメールに呼ばれました』って言えば、僕のところに案内してくれる。門番には言っておくから」


「うん、わかった」


 ペールネールはうなずいた。城内に住んでいる人はたくさんいるし、シュメールが夜の国の王子とは考えなかった。


 ペールネールが背中に手を伸ばし、マントをほどこうとしたので、シュメールは真っ赤になって、あわてて止めた。


「……い、いいよ。そのままでいな。そのマントはあげるから」


「ありがとう」


「じゃ、お願いね」


「はい」


「また会いたいな」


 シュメールが言うと、ペールネールは頬を染めて、うつむいた。


「わたしも」


 ペールネールは翼をはばたかせ、こずえよりも高く、舞いあがった。そして、シ、オ、シ、オ――と鳴きながら、青い月のかなたに飛び去って行った。



✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 昼の国の情報は見つかるのか――?


 次回、シュメールの姉リンネと、弟マシューが登場します。



 ※ シ、オ、シ、オ …… 夜鶯の鳴き声。フランス語のオノマトペ(=Si haut)。日本のウグイスの「ホーホケキョ」のようなもの。





【今日の挿絵】

ペールネールと小鳥、ちょっとディフォルメ

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093074661915680

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