3 夜の国の豪華な?食卓

 祝福の儀式が終わり、シュメールが自室に戻ると、


「タラリラ~!」


 と陽気なオペラ声を張りあげて、飛び跳ねながらやってきたのは、小人の料理長・ムーシュカだった。


 金髪を後ろになでつけ、背の高いコック帽をかぶっている。チャームポイントは金色のあごヒゲ。とても長くて、床にひきずるほどもある。ところどころをリボンで結んでいる。三十代のおじさんだ。


 シュメールはこの人を見ると、ついつい頬がゆるむ。小人の赤ちゃんが、赤ちゃんのまま大人になったように思えるのだ。


「ムーシュカ、今日も上機嫌だね」


 料理長は目を細めて笑った。


「ヌッホッホ! シュメール様も、ご機嫌うるわしゅう! お疲れでございますかな?」


「ぜんぜん! 祝福を授けるのは楽しいんだ。逆に、こっちが元気をもらっちゃうくらい。今日の赤ちゃんも、かわいかったなー」 


 ムーシュカはうんうんと、嬉しそうにうなずいた。


「国民はみな、王家の祝福を受けて育ちますからな。王国の千年の平和は、王家あってのこと。みな、心の底から感謝しておりますよ」


 ムーシュカの言うごとく、この国はもう千年ものあいだ、戦争も内乱も経験していない。その千年の平和を支えてきたのが、ノクターナル王家……シュメールの一族だった。


 一族のなかでも、祝福の力がもっとも強いのがシュメールで、彼は若年ながらも「祝福の祭祀長さいしちょう」に任命されている。シュメールはこの仕事が大好きだった。


 ぴったりしたシャツのボタンをはずし、すこし首元をゆるめながら、シュメールは言った。


「この国が平和なのは、小人たちのおかげだよ」


 事実、王家が平和を保ってこられたのは、国民の八割をめる小人たちの性格によるところが大きい。たいていの小人たちは働き者で、金銭や栄達に興味がない。


 かれらの興味のほとんどは「物づくり」に向けられていた。どうしたら自分らしい、芸術的な物を造ることができるか……なおかつ、みんなの役に立つ物を……小人たちの興味はそこにある。根っからの職人ティンカーなのだ。


「結局のところ、王家と小人たちの素晴らしいパートナーシップが、千年の平和をつくりあげてきたのでしょうなぁ。ヌホホ!」


 とムーシュカは、いつものように結論づけた。



 ……そんな話をしているところに、配下の料理人たちが配膳カートを押してきた。シュメールの前に、料理の皿が次々と並べられてゆく。侍女たちがシュメールの首にナプキンをかけた。


「たまらない匂いだね! 今日のお昼は?」


 かたわらの踏み台に登ったムーシュカが、「じゃん!」と、蓋をもちあげた。もうもうと白い湯気が立ちあがり、鉄板皿の上に、こぶしほどにも大きな緑色の宝石が、きらきら輝きながら現れた。


「エメラルドのステーキでございます」


「わぉ、大好物!」


 そのほかにも、サファイヤの煮物、ルビーの麺、トルコ石のテリーヌなどなど……王国の小人たちは、宝石をやわらかくする秘密の方法を知っていて、さまざまな宝石料理を作ってくれるのだ。


 フルーツと野菜を濃縮したソースを、ムーシュカが壺から取り、ステーキに回しかける。ソースが沸騰し、勢いよく鉄板に跳ねる。すきっ腹を苦しめる美味おいしそうな匂いが、たちまち部屋中にひろがる。


「いただきます!」


 シュメールは飛びつくようにナイフを入れた。鉄板の上で、じゅわわっと焼けつく音がして、肉汁……ならぬ、石汁が染み出してくる。香ばしい香りが立ちこめ、口じゅうにヨダレがわいてくる。


 口の奥で噛みしめると、心地よい弾力と舌ざわりが返ってきて、熟成ソースも、脳にみるほど美味だ。


「う~ん、最っ高!」


 ミネラルたっぷり……というかミネラルそのものの料理に、シュメールは舌鼓を打った。この国では、宝石は希少なものではなく、食材にできるほどたくさん採れる。キノコや野菜、スパイスもふんだんに使われている。


 ムーシュカは自慢の鬚をなでながら、シュメールが美味しそうに食べる様子を、しあわせそうに見つめていた。


 

 もぐもぐと、ダイヤモンドを散りばめたサラダを頬張りながら、シュメールは言った。


「ねえ、ムーシュカ」


「なんです? あ、もしかして、私の歌が聞きたくなった?」


 タラリラ~と、オペラ声を張りあげたムーシュカを、シュメールはあわてて止めた。


「ちがうちがう! 歌じゃなくて! ……こないだしゃべろうとしてた《昼の国》の話をしてよ」


「そっちですか……」


 ムーシュカは残念そうな顔で歌をやめたが、しばらく考えてから言った。


「昼の国には、太陽があります」


「太陽? なにそれ」


「えーーと……月に似たもので……空に浮かんでいて……月の千倍、いや、一億倍は明るいでしょう」


「まさか!」


 と、シュメールは、からから笑った。


「いや、本当です。見たら、目がつぶれますぞ」


「まさかまさか!」


 シュメールがなおも笑うので、料理長は、すこしムッとした。


「あぁ? 真実ほんとうですぞ。その太陽に照らされて、あらゆるものが輝いております」


「ふうん。ムーシュカは行ったことあるの?」


「ムム? ありません。……けれど、確かな本で読んだのです」


「そっか、行ったことないのか。じゃ、信用できないね」


「ヌホッ!? なんですと!」


 料理長は目を吊りあげて、飛びあがった。


「怒ったの?」


「怒りました。明日から、エメラルドのステーキは、なし! 断固、ボイコットします」


「ええ!?」


 シュメールは食べ物を噴き出しそうになって、あわててナプキンで口元をおさえた。


「それは困る。わかった、信じる。信じるから、ボイコットはやめて」


「さあて、どうしますかなぁ……」


 ムーシュカは肩をすくめ、いじわるな目つきをした。……でも本当は、こうして王子とバカバカしい会話を交わすのが、大好きなのだ。


 オパールのアイスクリームを舐めながら、シュメールは両目をつむり、一億倍明るい月というものを、想像してみた。


(あー、昼の国かぁ! どんなところなんだろう? 行ってみたい!)






✱.˚‧º‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧º·˚.✱


 シュメールの憧れは、昼の国へ行くこと――


 次回、あんず色の羽根の少女との、はじめての出逢い!



【今日の挿絵】

エメラルド大好きなシュメールくん

https://kakuyomu.jp/users/dkjn/news/16818093074562111517

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