3 夜の国の豪華な?食卓
祝福の儀式が終わり、シュメールが自室に戻ると、
「タラリラ~!」
と陽気なオペラ声を張りあげて、飛び跳ねながらやってきたのは、小人の料理長・ムーシュカだった。
金髪を後ろになでつけ、背の高いコック帽をかぶっている。チャームポイントは金色の
シュメールはこの人を見ると、ついつい頬がゆるむ。小人の赤ちゃんが、赤ちゃんのまま大人になったように思えるのだ。
「ムーシュカ、今日も上機嫌だね」
料理長は目を細めて笑った。
「ヌッホッホ! シュメール様も、ご機嫌うるわしゅう! お疲れでございますかな?」
「ぜんぜん! 祝福を授けるのは楽しいんだ。逆に、こっちが元気をもらっちゃうくらい。今日の赤ちゃんも、かわいかったなー」
ムーシュカはうんうんと、嬉しそうにうなずいた。
「国民はみな、王家の祝福を受けて育ちますからな。王国の千年の平和は、王家あってのこと。みな、心の底から感謝しておりますよ」
ムーシュカの言うごとく、この国はもう千年ものあいだ、戦争も内乱も経験していない。その千年の平和を支えてきたのが、ノクターナル王家……シュメールの一族だった。
一族のなかでも、祝福の力がもっとも強いのがシュメールで、彼は若年ながらも「祝福の
ぴったりしたシャツのボタンをはずし、すこし首元をゆるめながら、シュメールは言った。
「この国が平和なのは、小人たちのおかげだよ」
事実、王家が平和を保ってこられたのは、国民の八割を
かれらの興味のほとんどは「物づくり」に向けられていた。どうしたら自分らしい、芸術的な物を造ることができるか……なおかつ、みんなの役に立つ物を……小人たちの興味はそこにある。根っからの
「結局のところ、王家と小人たちの素晴らしいパートナーシップが、千年の平和をつくりあげてきたのでしょうなぁ。ヌホホ!」
とムーシュカは、いつものように結論づけた。
……そんな話をしているところに、配下の料理人たちが配膳カートを押してきた。シュメールの前に、料理の皿が次々と並べられてゆく。侍女たちがシュメールの首にナプキンをかけた。
「たまらない匂いだね! 今日のお昼は?」
かたわらの踏み台に登ったムーシュカが、「じゃん!」と、蓋をもちあげた。もうもうと白い湯気が立ちあがり、鉄板皿の上に、
「エメラルドのステーキでございます」
「わぉ、大好物!」
そのほかにも、サファイヤの煮物、ルビーの麺、トルコ石のテリーヌなどなど……王国の小人たちは、宝石をやわらかくする秘密の方法を知っていて、さまざまな宝石料理を作ってくれるのだ。
フルーツと野菜を濃縮したソースを、ムーシュカが壺から取り、ステーキに回しかける。ソースが沸騰し、勢いよく鉄板に跳ねる。すきっ腹を苦しめる
「いただきます!」
シュメールは飛びつくようにナイフを入れた。鉄板の上で、じゅわわっと焼けつく音がして、肉汁……ならぬ、石汁が染み出してくる。香ばしい香りが立ちこめ、口じゅうにヨダレがわいてくる。
口の奥で噛みしめると、心地よい弾力と舌ざわりが返ってきて、熟成ソースも、脳に
「う~ん、最っ高!」
ミネラルたっぷり……というかミネラルそのものの料理に、シュメールは舌鼓を打った。この国では、宝石は希少なものではなく、食材にできるほどたくさん採れる。キノコや野菜、スパイスもふんだんに使われている。
ムーシュカは自慢の鬚をなでながら、シュメールが美味しそうに食べる様子を、しあわせそうに見つめていた。
もぐもぐと、ダイヤモンドを散りばめたサラダを頬張りながら、シュメールは言った。
「ねえ、ムーシュカ」
「なんです? あ、もしかして、私の歌が聞きたくなった?」
タラリラ~と、オペラ声を張りあげたムーシュカを、シュメールはあわてて止めた。
「ちがうちがう! 歌じゃなくて! ……こないだ
「そっちですか……」
ムーシュカは残念そうな顔で歌をやめたが、しばらく考えてから言った。
「昼の国には、太陽があります」
「太陽? なにそれ」
「えーーと……月に似たもので……空に浮かんでいて……月の千倍、いや、一億倍は明るいでしょう」
「まさか!」
と、シュメールは、からから笑った。
「いや、本当です。見たら、目がつぶれますぞ」
「まさかまさか!」
シュメールがなおも笑うので、料理長は、すこしムッとした。
「あぁ?
「ふうん。ムーシュカは行ったことあるの?」
「ムム? ありません。……けれど、確かな本で読んだのです」
「そっか、行ったことないのか。じゃ、信用できないね」
「ヌホッ!? なんですと!」
料理長は目を吊りあげて、飛びあがった。
「怒ったの?」
「怒りました。明日から、エメラルドのステーキは、なし! 断固、ボイコットします」
「ええ!?」
シュメールは食べ物を噴き出しそうになって、あわててナプキンで口元をおさえた。
「それは困る。わかった、信じる。信じるから、ボイコットはやめて」
「さあて、どうしますかなぁ……」
ムーシュカは肩をすくめ、いじわるな目つきをした。……でも本当は、こうして王子とバカバカしい会話を交わすのが、大好きなのだ。
オパールのアイスクリームを舐めながら、シュメールは両目をつむり、一億倍明るい月というものを、想像してみた。
(あー、昼の国かぁ! どんなところなんだろう? 行ってみたい!)
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シュメールの憧れは、昼の国へ行くこと――
次回、あんず色の羽根の少女との、はじめての出逢い!
【今日の挿絵】
エメラルド大好きなシュメールくん
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