第19話 温泉ダンジョン 其の3


 前衛の戦士達とキングオーク二体の戦闘が始まった。

 声を掛け合いながらテンポよく攻撃を繰り出していく姿は、流石はB級探索者と言ったところか。

 キングオークが棍棒を振り回しているが、男達は距離を測りながらうまく回避している。

 しかし、やはり二体相手は骨が折れそうだ。

 ヒットアンドアウェイの繰り返しでは効率が悪い。

 こんな時、火力がある魔法使いがいると助かるんだがな。

 ふと、カエデの事を思い出した。

 連携の大切さを俺は彼女から学んだのだ。

 そんな彼女を、俺は────


「おねぇちゃん。手伝ってあげたら?」


 祭理の声で我に帰る。

 いかんいかん。過去に浸っている場合ではない。

 まぁ、別に手伝うつもりはないけど。

 俺がいるのはダンジョン攻略の為でも、モンスター狩りをする為でも無い。

 

『お前の側にいる』


 守るためだ。

 祭理は俺の書いたメモを見ると、ニヤつきながら言った。


「そうかそうか〜。愛しきマイシスターから離れたくないか〜。まったく困ったおねぇちゃんだZE☆」


 両手をあげて呆れたようなジェスチャーをしながらも、顔からは満更でもない感が滲み出ている。

 そんな話をしている間にも、キングオークとの戦闘は佳境を迎えていた。

 ようやく片方を倒したのはいいが、既に負傷者がでているようだった。

 それでも、このままいけば問題なく倒せそうだ。

 そもそも、キングオーク程度に遅れをとる程度の奴等なら、最初からB級ダンジョンの前衛などやっていないだろう。

 

「弱ってきてる! トドメを刺すぞ!」


 リーダーっぽい男が叫ぶと、魔法使い達がキングオークの顔に向けて炎熱系の魔法を放った。

 ダメージを与えると言うよりは、目眩しが目的だろう。

 キングオークが怯んだところに、全員で集中砲火を始める。

 数人が同時に、急所に剣を突き立て、切り裂く。

 血飛沫とともに倒れ行く巨躯を見て、歓声が巻き起こった。


「やったな!」

「まぁ、こんなもんだろ」

「お前たいして活躍してないだろ!」


 前線のメンバー達も、無事キングオークを倒せた事に喜び合っていた。

 

「みんな〜。こんにちわ〜。祭理だよー! 今ね、話題の温泉ダンジョンに来てるんだ!」


 気付くと、祭理が配信を始めていた。


〈おっ、まじか〉

〈めちゃくちゃ人いるやんww〉

〈温泉回キターーー〉


 早速コメントがつきはじめる。


「いやー。やっぱB級すごいね! あたしだったら一瞬でゲームオーバーだよ!」


〈姐御いれば大丈夫でしょ〉

〈姐御戦ってる?〉

〈B級は油断できないぞ〉


「おねぇちゃんはあたしのボディガードだからね。モンスターの相手はこのまま前線の人達に任せるつもり。温泉楽しみだなぁ」


 コメント欄との会話を楽しむ祭理。

 しかし、和やかなムードに水を刺すように、嫌な気配がのしかかってきた。


「おい、とまれ! 何か変な感じがする。油断するな!」


 前線からの声に、再びパーティは緊張に包まれる。

 誰もが息を呑み、静まり返ったダンジョンに、硝子を引っ掻いたような音、いや、声が鳴り響いた。


「まじかよ……」


 誰かが呟いた。

 この独特の叫声、間違いない。


「レッドスケルトンドラゴンだ……っ!!」


「何っ!? あれってたしかA級にしか出ないはずじゃ!?」


 その通り。レッドスケルトンドラゴンはA級ダンジョンでのみ出現が確認されている。B級の、それもこんな浅い階層で出てくるなんてあり得ないのだ。

 この前のブルースフィアレントドラゴンと言い、最近のモンスターの分布は少しおかしい。


「おねぇちゃん……もしかして、ヤバい?」


 祭理が不安そうに問いかけてきた。

 俺はメモに一言だけ記して頭を撫でてやる。


『大丈夫だ』


「本当に? あたしの事じゃないよ。みんなのこと」


「…………」


 さっきまでの戦いぶりを見るに、前線の連中のレベルは高い。が、あくまでB級ダンジョンならの話だ。

 レッドスケルトンドラゴン相手となれば、勝てないとは言わないが、可能性は低いだろう。即席パーティじゃとれる戦術にも限界がある。

 誰も赤骨龍の対策なんてしていないだろうしな。


「おねぇちゃん。温泉前に一汗流すのも悪く無いんじゃない?」


 こいつ! 絶対配信盛り上げたいだけじゃねーか! 

 配信ジャンキー化していく妹に兄は心配です。

 俺は大きく溜息をつくと、祭理にメモを見せる。


『分かったよ。やればいいんだろ』


「おおー! さすがおねぇちゃんだゼ!」


〈姐御バーサス赤骨龍楽しみすぎる〉

〈字きたね〉

〈字きったなっww〉

〈象形文字かな?〉

〈ギャップあってかわいいと思います(真顔)〉


 うるせー! コメントうるせー!

 下手なのは認めるけど笑う程じゃないだろ! だからネット嫌いなんだよクソゥ!


「まじでいた。赤骨龍だ……」


「どうすんだよ、勝てんのか?」


「どうせ逃げらんねぇよっ!やるしかねぇ!」

 

 前線が狼狽えている。どうやら赤骨龍は正面からきたらしい。

 俺は人を掻き分けながら前線へ向かう。

 おい! 今誰かケツ触っただろ! 後でぶっ殺してやるからな!?

 まったく、これだから男って嫌いなのよ。

 あー女心分かってきたわー。←分かってない


「おっ、アンタゴスロリ姐さんじゃねぇか!」

「そうだっ! 俺達にはこの人がいたんだった!」

「なになに? この女そんなすげぇのか?」

「ブルースフィアレントドラゴンをタイマンで倒してる」

「マジでっ!? 勝ちじゃん!!」


 俺の登場に前線の指揮が一気に上がっていく。みんなウキウキで赤骨龍に対し闘志を滾らせていた。調子のいい奴らだ。

 俺は骸骨みたいなドラゴンの空洞の瞳を睨みつけ、ナイフを抜く。

 字下手を煽られ、ソフトタッチで痴漢されたこのイライラ。悪いがお前で発散させて貰うとしよう。

 

「おねぇちゃーん! がんばれーっ!」

 

 後方から飛んできた祭理の応援の声を聞きながら、俺は赤骨龍に向かって駆け出した。




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