第18話 温泉ダンジョン 其の2


 温泉ダンジョンの入り口は、思った以上に人集りができていた。

 やはりみんな考える事は同じようで、話題性に誘われた配信者や、腕に覚えのある探索者達が集まったのだろう。

 その数、ざっと100人近く。

 俺は安心していた。Bクラスダンジョンとはいえ、これだけの戦力があれば、そう危険に晒される事は無さそうだ。

 モンスターの相手は血気盛んな目立ちたがり達に任せて、俺達は後方で援護してればいい。

 その内、ガチガチに装備を固めたガタイのいい男が言った。


「よぅし! 結構集まったな! 腕に自信のある奴は前に出ろ」


 顔に刻まれた大きな古傷が、男が歴戦の勇士である事を物語っていた。

 そんな男の呼びかけに、集団の中から次々と前衛志願者が名乗りを上げる。

 その中には恐らくプロも混ざっている。

 

「ふん、20人はいるか。まぁ、これだけいれば大丈夫そうだな。それじゃあ頼んだぞ。俺達の命はお前たちに掛かってる!」


 お前戦わねぇのかよ。

 そのビジュアルで後衛に回るんかい……。

 リーダー風を吹かせるだけ吹かせといて、傷面の男は俺達の方へ下がってきた。


 その時近くから声が聞こえた。


「おい、あれ最近話題のゴスロリ姉さんじゃね?」

「あー、あの祭理ちゃんねるの? あ、ほんとだ。祭理ちゃんもいる」


 その会話を皮切りに、周囲がざわつき始める。視線が集まってくるのを感じた。

 とうとう話しかけてくる奴が出てきた。


「やっば本物じゃん! 俺、姉御のファンなんスよ! 握手してもらっていいっすか!?」


 若者が差し出した手を、横にいたスキンヘッドのゴリマッチョおじさんが掴み上げた。

 そのまま痛がる若者を無理やり下がらせる。


「テメェはどいてな、ガキがっ。あ、あの、姉御っ、よかったら自分と探索し──ぶふぁっ!!?」


 言い終わる前に、スキンヘッドの顔面に拳がめり込み数メートルほど吹っ飛んだ。


「筋肉ダルマが何言ってるんだい? 姐御に触れていいのは僕だけサ」


 拳を放ったのは、眼鏡をかけたインテリ服の男。しかしその体付きには無駄がなく。非常に実戦的である事が窺える。

 だからと言って触れていいワケじゃないけどな。普通に鳥肌が立つからやめてくれ。

 俺が呆れていると、祭理が割って入った。


「はいはい。お姉ちゃんはあたしのカメラマンなの! 勝手に触っちゃダメ!」


「おお! 祭理さん! なるほど。確かにここはBクラスダンジョン。これだけ戦力があるとは言え、お姉さんとしてはそばに付いていたい所ですものね」


 そうそう。分かってるじゃないか。


「姐御の戦いぶりを見物できないのは残念ですが、仕方ない。お姿を生で拝見できただけでも嬉しいです」


 そうこうしてるうちに、前線組の支度が整ったらしく。続々とダンジョンに入って行く。

 秘湯を求めて、大所帯のBクラスダンジョン探索が始まった。


 ◇◇◇

 

 ダンジョンの中は案外広く、B級のはずなのに緊張感はなく、まるでピクニックにでも来ているみたいだった。

 それもそのはず。


「おりゃあ! フンっ! どりゃあああ!」

「はっ! ほっ! よっと!」


 前衛の皆様方がモンスターの相手をしてくれている為、隊列の真ん中にいる俺達が戦闘に巻き込まれる事はまずないのだ。

 祭理は珍しい景色でも見るかのようにダンジョン内を眺めている。低級では見ないモンスターなどもいて面白いのだろう。


「ねぇねぇ。おに……おねぇちゃんは、探索者やってた時はA級とか潜ったりしてたの?」


 俺は筆談用のメモ用紙を取り出し、そこに言いたい事を記していく。


『ああ、数回だが、S級にも入った事あるぞ』


「S級っ!?」


 急に大声を上げた祭理は、咄嗟に自分の手で口を塞いだ。

 それから声量を抑えつつ、会話を再開する。


「だからそんなに強いんだね。って事はあたしにも探索者の才能あるかな?」


『やめておけ』


「どうして?」


 不思議そうな顔をする祭理。俺が探索者を辞めた理由を知らないのだから当然か。


『お前が思ってる程甘い世界じゃないんだよ。ダンジョンなんてのは低級で配信するくらいの娯楽にすんのが丁度いい』


 何かを失ってからでは遅いのだから。

 と続けようとしたが、やめた。

 祭理に変な気を使わせたくない。そもそも兄の失敗談なんて聞いたって面白く無いだろうしな。

 

「つまりエンジョイ勢最高! ってこと?」


『そう言うこと』


「そっかー。おねぇちゃんが言うならそうなのかもね! ──うわっ、何!?」


 突然迷宮内に響く地鳴りに、パーティ一同が同様する。

 

「みんな! 体制を整えろ!」


 前衛の一人が放った言葉を受け、空気が変わった。彼はさらに発破をかけるように叫ぶ。


「キングオークが来たぞっ!! しかも2体いる!!」


 キングオーク、ね。

 通常のオークの3倍以上の体躯を持つ個体につけられる名称だ。

 魔法に対して何らかの耐性を持っている事が多く、オークよりちょっとだけ賢い。

 あと何故か棍棒もってる。


「的を絞らせずに動け! 連携で倒すぞ!」


 前衛の皆様方と、キングオーク2体の戦闘が始まったらしい。

 もちろん。俺達はそれを遠くから見てるだけだ。心の中で応援しておこう。

 フレッフレッ、知らないおっさん♪

 フレッフレッ、知らないおっさん♪

 あっ、おにーさんもいたわ。まぁいいか。

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