第16話 夕陽
直線的な攻撃。躱すのは容易だった。
そのまま腕を取り、足を引っ掛けて転ばせると、関節を極めながらナイフを奪い取った。
はい決着。クソニートの勝利です。
S級探索者だった俺が、流石にこんな運動不足丸出しのデブに負けるハズ無いからね。
「うああぁぁあああ!! はなせえええええっ!!」
汚い声を発する喉元に、奪い取ったナイフを当てがう。
「ひぃっ!」
「いいか良く聞け。お前はストーカーな上に、刃物で俺達に切り掛かった。警察に突き出してやる事も出来る」
キモオタの喉がごくりとなった。
本能による恐怖に支配された事で、ようやく人の話しを聞けるようになったか。
「だがしない。何故か分かるか?」
キモオタは何も言わない。額から汗を垂らしながら、怯えた瞳で俺を見ている。
「そうした所で、また逆恨みされても困るからだ。それじゃ柚花の為にならない」
俺はキモオタの尻ポケットから財布を引き抜くと、中から免許証を見つけ取り出した。
「森脇慎吾、35歳。住所は……なるほど、近いな。忠告しておいてやるが、もしまた柚花の前に現れたらただじゃおかない。俺が必ずお前を見つけ出して──殺す」
声のトーンを落とし、耳元で囁く。
「脅しじゃない。屍となったお前をダンジョンの奥にでも運んで人喰いモンスターの餌にしてやる。豚にお似合いの末路だと思わないか?」
キモオタはガタガタと震え、顔色がみるみる青くなっていく。
「なに、珍しい話じゃ無いさ。実際似たような犯罪は数多く起きている。行方不明のニュースとか見てないか? ああいうのはだいたいソレだ。表には出ないがな」
嘘である。
まぁ、あるにはあるのかも知れないが、ダンジョンに入る時は申請がいるし、そう都合良く死体を処理できるとは限らない。他の探索者に見つかる可能性だってある。
だがハッタリとしての効果は十分あるはずだ。
「……分かったか?」
キモオタは涙ぐみながら、力無く頷いた。抵抗の意思が消え失せたのを確認し、拘束を解いてやる。
「あ、そうだった」
地面に突っ伏したままのキモオタにナイフを返す。
「お前のだ。よく研いである。何かを愛する事に一途なんだな」
キモオタがゆっくりと頭を上げ、俺を見る。
「俺にも大切なものがある。それを失う苦しみも知っているつもりだ。だからさ、まぁあれだ、頑張れ」
共感する訳じゃ無いが、俺だって仮に祭理が変な男と付き合うなんて言い出したら発狂してもおかしく無い。
とりあえず決闘を申し込むつもりだ。俺より弱い奴に大事な妹を任せられるかってんだ。
キモオ──いや、森脇は、弱々しい手つきで俺の差し出したナイフを受け取ると、涙をながしながら言った。
「……あり、がとう」
「これからはストーカーなんてせずにまっとうに生きろよ」
森脇は立ち上がると、リュックを背負って柚花の方を向き、頭を下げた。
謝罪と決別。森脇はそのまま俺達に背を向け去って行った。
「あ」
だが何かを思い出したように一度だけ足を止めて振り向いた。
「君もちゃんと働くんだぞー、クソニート」
「(・o・)」
それだけ言って、森脇は今度こそ去って行った。
………………余計なお世話だっての。
◇◇◇
何はともあれ一件落着という訳で、俺と柚花は近くの公園のベンチに腰掛けた。
すると柚花が気まずそうな表情で口を開いた。
「やっぱり、怒ってる?」
「え? 何が?」
「いやだって、ウチのせいで危険な目に合わせちゃったし、それに……」
「黙って俺を利用した事か?」
俺のオブラート無しの言葉に、柚花は慌てたように掌を合わせ、謝罪のポーズをとる。
「マッッッッジでごめんっ! 本当にっ、こんな事になるなんて思わなかったの!」
柚花の話では、一月ほど前から何者かにストーカーされている事に気付き、解決策を思案していたらしい。
そんな時現れたのが俺。ゲーセンで会ったあの日だ。
だがその日以降、カフェで俺と柚花が話している所を盗撮した写真が届いたのだと言う。
なので、この際いっそ恋人のフリでもして幻滅させてしまおうと思ったのだそうだ。
配信者ってのも色々大変だな。俺も気を引き締めて、祭理にたかる虫が現れた時には決死の覚悟で払い除けなければ。
「いいよ別に、もしまた困った事があったら言ってくれ。俺で良ければ力になるよ」
それに、この件の報酬はホッペにチューで頂いてるしな。役得役得♪
「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」
祭理の友達だから……とは言えない。
俺が清水アイリスだとバラすようなものだ。
「その答えに辿り着いた時、君は世界の真実を知る事になるであろう〜」
「そんな壮大なハナシ!? はっ……! まさかウチの事、好きとか……?」
「好きって、なんだろうな……」
遠い目をする俺。
地平線に溶けてゆく夕日が眩しい。
「哲学だねぇ……ってごまかすな!」
それからくだらない会話を続け、柚花もすっかり調子を取り戻した所で、暗くなる前に帰る事にした。
「今日は本当にありがとう!」
その笑顔が夕日以上に眩しくて、思わず目を背けてしまう。
そんな俺を見てか、柚花は嬉しそうに微笑むのだった。
◇◇◇
〜余談〜
「マジかよ……」
Dチューブのおすすめに出てきた動画に写っていたのはまさかのアイツだった。
後に、森脇慎吾が人気Dチューバーとして活躍し始めるのだが、それはまた別の話────。
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