第12話 妹心雨模様


 柚花がガテンがいったように手を叩く。


「ふふ、さてはお姉さんに知られたく無い趣味でもあるんでしょ?」


「べ、別にないですし……」


 祭理と目が合うと、珍しく祭理の方から逸らした。

 その時、ウェイトレスが食事を持って来た。

 テーブルの上にハンバーグ、サラダ、パスタなどが並ぶ。

 いい感じにお腹が減っていた所だ。

 

「おいし〜♡激うまなんだけど! 後でみんなに教えてあげよっ」


 柚花はスマホで写真を撮っていた。SNSにでも投稿するのだろう。

 柚花は人気Dチューバーだけあってフォロワーも多いはずだ。

 あー。俺も『おはよう』って呟くだけで1万イイネ付くようにならないかなー。

 ……なんて承認欲求の獣的妄想をしてみる。

 うん。ガラじゃないや。

 

「ねぇねぇ! 記念にみんなで写真撮ろうよ! 初コラボ記念!」


「いいですね! 撮りましょ撮りましょ」


 祭理は話題が変わってくれたのもあってか、嬉しそうに頷いた。

 写真なんていつぶりだろうか。

 そう思った時、脳裏に昔の記憶がフラッシュバックした。


『凪くん、写真とろうよ』

『お前も好きだな。そんなに写真なんかとってどうすんだよ』

『思い出は形に残さないとだよ。忘れ得ぬように』

『分かんないな』

『凪くんにもいつか分かる時がくるよ』


 …………


「──師匠? ねぇっ師匠ってば!」


 柚花の声が聞こえ、続いて祭理に肘で小突かれた。


「何ボーっとしてるんですか。撮りますよ!」


 柚花が自撮り棒の先にスマホを取り付け構えていた。

 その画角に入るように顔を出し、パシャリ。

 上機嫌に今撮れた写真を確認する柚花。

 俺はそれとなく、自分のスマホで昔仲間と撮った写真を見返した。

 

『──瞬間を永遠にできるって、写真って素敵じゃない?』


 かつての仲間から聞いたその言葉の意味が、分かった気がした。

 写真に写っているのは仏頂面の俺と、笑顔でピースサインをしている女。

 もう会う事も叶わない。彼女の死が、探索者を辞めるきっかけになった。

 お前の言った通りだったよ、カエデ。

 なぜなら、この写真のおかげで、俺はあの日の後悔を鮮明に思い出す事ができるのだから。


「おねぇちゃん?」


 祭理に呼ばれ、俺はスマホをポケットにしまった。


「見て! よく撮れてるっしょ!」


「おお〜!」


 何かを得るだけが全てじゃない、大切なのは守る事だ。

 柚花のスマホに映る3人の笑顔を眺めながら、俺は自分に言い聞かす。

 祭理の平穏な日常を、何者にも脅かさせはしないと。


 ◇◇◇


「それで、師匠ってどう言う事? 弁解があるなら言ってみたまえワトソンくん」


 打ち上げを終え家に着くなり、案の定、俺は柚花との件で祭理に詰められていた。

 

「どうせお兄ちゃんの事だから、エロエロな頼まれ方して断れなかったんでしょ。巨乳の誘惑に負けたんでしょ!」


 とんだ迷推理を突きつけてくるホームズ祭理に対し、俺はうまく言葉を選びつつ弁解する。

 てかなんでワトソンが詰められてんだよ。


「断じて違げーよ。断ったつもりが誤解があって了解したと思われたんだ。喋れないからすぐ訂正できないし。あんだけ喜ばれたら今更無理ですとは言いづらいだろ」


「どうかな。確かに最初は断ろうとしたかも知れないけど、柚さんに巨乳を押し付けられた拍子に意識が飛んで本能で頷く猿になってたかも知れないじゃん!」


「お前は俺をなんだと思ってんだよ……」


 まずい。今回はなかなか機嫌を直すのに手こずりそうな気がする。こうなったら伝家の宝刀、『晩飯デミグラスハンバーグ』を使うしか無いか。

 

「てかそもそも、なんでお前そんなに怒ってんだよ。正体がバレてまずいのは俺だろ。気を付けてバレないようにするさ」


「……っ!」


 祭理の顔がカッと赤くなり息を詰まらせた。

 やべ、なんか地雷踏んだぽ\(^o^)/

 

「もう知らないっ! ばか! おっぱいに埋もれて死んじゃえ!」


 祭理は俺をキッと睨むと、男の夢を罵声に変えながら自分の部屋へと駆けて行った。

 

「おい待て、ゴメンッて! あと俺はおっぱいじゃなくて尻派──」


 バタン。


 祭理は俺が言い終わる前に、こちらにあっかんべぇをして部屋のドアを閉め、引き篭もってしまった。

 

「はぁ……」


 あの様子じゃ、暫く放っておいた方が良さそうだ。

 なるほど、長期戦ってワケね。受けて立とう! ……なんてね。

 俺はメイクを落として着替えると、デミグラスハンバーグの材料を買いにスーパーへと向かうのだった。


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