第11話 むっつりまっつり


 駅前のファミレスへとやって来た俺達。

 テーブル席に、俺と祭理が隣合って座り、対面に柚花とみちるが腰を下ろした。

 みんな食べる物は決まっていたようで、各々が好きな物とドリンクバーを注文。


「おねぇちゃん! あたしメロンソーダ!」

「じゃあウチコーラ〜」

「ココア」


 俺の手二本しか無いんだが?

 と言いたくなるが、声を出せないので仕方なくドリンクコーナーに向かう。

 すると、後から柚花がやってきた。


「手伝いますよ、二つずつ持ちましょ!」


 悪戯に笑う柚花の手が、グラスを持っていた俺の手に触れた。


「あっ」


 咄嗟に手を引っ込める柚花。どことなく気まずい雰囲気が流れる。

 なんなんだ全く……。

 気にしてもしょうがないので、両手にグラスを持って戻ろうとしたところ、


「あ、あの……」


 足を止めて振り返ると、柚花はいつになく真剣な面持ちで俯いていた。

 

「アイリスさん、ウチ……今日の戦い見て凄い憧れちゃって、どうしたらそんなに強くなれるんですか?」


 柚花は決して弱く無い。

 むしろ配信者としては十分な実力を持っているように思える。

 俺が黙っていると、柚花が続けて言った。

 

「その、一つお願いがあるんですけど……」


 俺の反応を伺うようにチラチラと上目遣いで見てくる柚花。

 いつもの天真爛漫さを感じないその様子に違和感を覚えつつも、俺は黙って話を聞く。


「ウチの……ウチの師匠になってくださいっ!」


 …………はぁ?

 キュッと目を閉じて頭を下げる柚花を前に、俺は頬を引き攣らせる。

『しっ、師匠っ……だめですっ、こんなところで……っ』

『何を言っておる! これは特訓じゃ! はよ四つん這いになって尻をこっちに向けい!』

『やっ……そんなとこ触られたらっ、ああんっ』

『グヘヘへへへへへへへ』

 …………

 ……

 おっと、師弟プレイなんてマニアックな性癖を拗らせている場合ではなかった。

 冷静に考えて、断るのがベターだろう。

 俺は女装の身。会う機会を増やせばそれだけバレるリスクが高まるは必然。

 そう思い俺は首を横に振った。

 すると柚花の表情がぱぁっと明るくなり、目に星が輝いた。


「ほんとですか!? ありがとうございます! よっしゃー! わーいわーい!」


「?」


 なぜ承諾した事になってるんだ?

 俺が如何わしい妄想をしていた間に何か言っていたのだろうか。

 てかそれしか考えられない。

 例えば『だめですか?』と聞かれた後に首を横に振れば、それはダメじゃないと受けとられてしまう。

 なんにせよ、やらかしたっぽい。

 

「それじゃあ、よろしくお願いしますねっ、師匠!」


 ウキウキで席へと戻って行く柚花を、俺はただ見届ける事しか出来ない。

 コミュニケーションって難しいなと、言葉の重要性について考えさせられたのだった。

 それから俺も席に戻ると、祭理にギロっと睨まれた。


「おねぇちゃん、柚さんの師匠になるって本当?」


 普段より1トーン低い声音から怒っている事は明白だった。

 弁解したい所だが、キラッキラな瞳を向けてくる柚花への後ろめたさから、首を縦に振った。

 

「ふーん」


「もしかしておねぇちゃん取られちゃうと思って妬いてるのかな〜? 可愛い〜〜!」


「べ、別にそんなんじゃないです! まぁ好きにすればいいんじゃないですか? ふんっ」


 分かりやすくそっぽを向く祭理。

 こりゃ帰ってからが面倒臭そうだ。


「まぁまぁ、時々戦い方をレクチャーして貰うだけだから、あ、それよりさっきの配信! もう凄い話題になってるよ!」


 柚花がスマホをいじりながら言った。

 それを受けたみちるがストローでアイスココアを飲みながら淡々と語る。


「そりゃブルースフィアレントドラゴンを一人で倒すなんて普通じゃあり得ないしね。プロでも至難の技だよ」


 実にその通りである。

 しかし、あの状況では逃げようが無かったのだから仕方ない。

 

「ほんとびっくりですよね。マイストロングシスターの怪物っぷりには」


「いや妹なのになんで知らないの!?」


「妹だからと言って姉の全てを知ってるとは限らないのです。ね? ハネマンちゃん」


 祭理が飄々とみちるに笑いかけた。


「うむ。おねぇの部屋のタンスの2段目に、なんか如何わしい電化製品が隠してある事なんて知らない知らない」


「ちょっ!? あんたなんで知って……って違うんですアイリスさん! あれはそのっ……そ、そう! 友達っ! 友達が忘れていった奴なんです!」


 親にエロ本見つかった時の男子中学生みたいな言い訳を繰り出した柚花。

 しかし俺は、まるでなんの話か分からないと言ったように首を傾げる。

 もちろん本当は分かってますよ。きっとスイッチを入れるとブルブル震え出すアレの事を言っているのでしょう。

 だが恥ずかしそうに慌てている柚花の為に、鈍感なフリをしてあげるのだ。

 まぁ、できる男の気遣いって奴よ。フゥー⤴︎


「──あ、バイブの事ですか?」


 オオオオオイ!? 

 言っちゃった! 祭理さんのデリカシー無さすぎて折角の気遣いが水の泡になっちゃった!

 

「……っ。そ、それはまぁ、そう」


 柚花が顔を赤らめながら力無く言った。

 しかし勢いよくコーラを飲むと、その豊満な胸を張り直した。


「なに〜? 祭理ちゃんもそういうの興味あるの〜?」


 開き直ったのか、一転攻勢、祭理をいじりにかかる柚花。

 こっちのほうがよっぽどギャルらしいと思った。

 やっぱギャルは下ネタに強くないとな(偏見)

 てかこいつらファミレスで何話してんだよ……。

 これが女子会のリアルだと言うのか。

 女の子ってのはもっとこう、恋バナとか、ファッションの話しかしていないのかと思っていた(偏見Ⅱ)

 

「いえ、あたしは健全ですから」


「はい嘘一人前入りました〜! 健全な人は自分で健全なんて言いませーん! このむっつりさんめ!」


「むっつりまっつりむっつりまっつり♪」


 愉快そうに笑う柚花とそれに乗っかり煽り散らかすみちる。

 

「いや〜、ほんとですってば〜。モウヤメテクダサイヨー」


 徐々に棒読みになって行く祭理に、俺はある違和感を感じていた。

 何となく、いつもの祭理らしくないのだ。

 だってお前……下ネタ大好きじゃん。

 


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