第9話 桜花爛漫


 柚花をお姫様抱っこで抱え、その場から飛びずさる。


「アイリスさん……!」


 直後、さっきまで柚花がいた場所にゴーレムの鉄槌が降り注ぐ。

 間一髪。もう少し遅かったら怪我じゃ済まなかった。

 俺は祭理達のもとに戻ると、その場に柚花を下ろし、ゴーレムを見据える。

 何故、追って来ない……?

 俺達を敵と認識しているはずなのに襲ってこない事に違和感を覚える。


「柚さん大丈夫!?」


 祭理が心配そうな表情で柚花にかけよる。

 

「う、うん。大丈夫……」


「どうしたの? 顔赤いよ!?」


「あれ……あれれ……っ。どうしたんだろ私っ!」


 柚花は鼓動を確かめるように自分の胸に手を置き、顔を隠すように俯いた。

 本当に大丈夫なのだろうか……。

 とにかく、今はあのゴーレムをどうするかだ。

 別に俺が倒してしまっても構わないのだが。


「祭理ちゃん。行けそう?」


 気付けば持ち直していた柚花が闘志の滲む声で呼びかけた。

 祭理は良い顔で頷くと、二人は俺の前へと歩み出た。


「アイリスさん。ありがとうございました。けど、ここはウチ達に任せて下さい」


 どうやら、やる気マンマンらしい。

 さっきは不意を突かれて危なかったが、本来の実力なら問題ないという自信の現れか。

 

「みんな、さっきはカッコ悪いとこ見せちゃってゴメンネ! ちゃんとやり返すから見てて!」


〈姐御いてよかった〉

〈おう! やったれ!〉

〈ヒヤヒヤしたわwww〉


「祭理ちゃん! 水魔法撃てる?」


「まかせて! 配信界のウンディーネの二つ名は伊達じゃないよ」


 そんな二つ名ないだろ……。

 

「なら清水・ウンディーネ・祭理に改名しない?」


「いいね! 帰ったら役所いってくる!」


 やめとけよ。まじで。

 俺が心中で呟くと同時に、柚花が駆け出す。

 祭理は魔法の間合いを保ちながら、ゴーレムに向かって水魔法を放つ。

 

「さっきはよくもやってくれたね!」


 柚花は鎖鎌をゴーレムの腕に巻き付け、それを支点にしながら飛び回る。

 だがゴーレムは動きが鈍い分、防御力が高い。故に高火力の魔法か、高威力の物理攻撃が必要になる。

 

「てってれー。爆散符〜」


 どこぞの猫型ロボットのようなフローと共に取り出したのは、火に反応して爆発するお札系アイテムだった。

  それをゴーレムの首裏と膝裏に貼り付けていく。

 

「祭理ちゃん!」


「ガッテン!」


 柚花がゴーレムから離れると、祭理はファイアーボールをゴーレムの膝に向けて放った。

 本来火はゴーレムには効果が薄いが、その火が爆散符に引火し、足の支えを失ったゴーレムが前方に倒れ込む。

 祭理は高台に登った所から、ゴーレムの首裏に向けて、さらに火球を打ち捨てる。

 首が取れたゴーレムは完全に沈黙した。


「いっちょ上がりねっ!」


「わーい! やったー! 初めてゴーレム倒したー!」


〈うおー!〉

〈爆散符便利だな〜。俺も買っとこ〉

〈あれ高いんだよな〉

〈おめ!〉


 喜ぶ二人を見て、俺もコメント欄もにっこりであった。

 俺は気になっていたことを確かめるべく、ゴーレムがいたあたりの壁をを見て回る。


「どったんすかー?」


「お姉ちゃん?」


 壁の隙間から、微かに風が吹いているのを感じた。

 ……なるほどな。

 俺は柚花の元へ行くと、腰のポーチから爆散符を一枚拝借する。


「ちょ、え、何?」


 そのまま壁に爆散符を貼り、ファイアーボールを打つ。

 爆発を起こし崩れ去った壁の奥から、鉄製の扉が現れた。

 やっぱりな。

 

「え何これ! 隠し部屋みたい! 超アガるんですけど!」


 恐らくあのゴーレムは守護者。

 だからこの扉のある壁付近から離れようとしなかったのだ。近づく者を迎えうつためのセキュリティ装置と言ったところか。


「……柚さん」


「うん。いくしかないっしょ。何があるかわからないから油断しないようにね」


 ダンジョンには俗に裏面と呼ばれるエリアが存在する。

 理由は解明されていないが、ダンジョンのレベルに合わないモンスターが出現する事もあれば、何も無い空間だったり、レアアイテムや素材が落ちているなど、その実態は多種多様だ。

 ここは、俺が先陣を切るべきだろう。

 扉を押して中を確認する。


「…………っ」


 思わず息を呑んだ。

 そこに広がっていたのは、自然の神秘そのものであった。

 燐光を帯びた草原に聳えるは、これでもかと言うほど咲き誇る一本の桜の木。

 絢爛豪華なその木の根元を囲むように、数枚の花弁が緑の海原に浮かんでいる。

 それすらも、この風光明媚な幻想郷を形成する一部だと思わせるほど、完成した空間だった。

 

「わぁ……綺麗……」


 俺に続いて祭理達も入ってくる。

 皆一様に、感嘆の息を吐いた。


「ほんとにあったんだ……」


「ひどい! 嘘だと思ってたの!?」


 ポツリと言った祭理に、柚花が食ってかかる。


「いえいえそう言う意味じゃっ。まさかこんなすごいのが見つかるなんて思わなくて。すごすごのすごです!」


〈マジですげぇ……〉

〈私も行きたい〜」

〈いいもの見れたわありがとう〉

〈ダンジョン100景入り待ったナシ!」


 桜の木の前まで行くと、益々その美しさを実感した。

 祭理はその場で仰向けに寝転がると、気持ちよさそうに深呼吸をした。


「ふぁ〜〜。空気おいし〜。まるでオアシスだよ〜〜」


 柚花は地面に落ちていた花弁を拾うと、取り出した小瓶に入れた。

 

「アイリスさん」


「?」


 柚花は花弁を入れた瓶を大事そうに胸に抱きながら俺を見た。


「改めて、さっきは助けてくれてありがとうございます」


 俺は返事代わりに微笑み、頷く。

 普段はギャルんギャルんとしているが、根は真面目なんだろうな。

 

「こんな素敵なものを見れたのもアイリスさんのおかげですし、アイリスさんが祭理ちゃんの姉さんでよかったです。良かったら私の姉さんにもなりませんか?」


「だめですよ!」


 寝っ転がっている祭理が俺の代わりにツッコミんでくれた。

 

「あははっ、冗談だよー。また来ましょうね。こんな綺麗な桜、なかなか見られませんから」


 すると柚花は、俺の耳元に顔を近づけ呟いた。


「今度は二人で……」


 ふわりと鼻をつく甘い香りと共に、金糸の髪が肌を掠めた。

 軽やかなステップで、はにかみながら離れる柚花の頬は、桜の色を反射しているようなピンクを湛えていた。

 少しだけ、心臓が高鳴る。

 おちつけ、今の俺はアイリスと言う名の女性なのだ。

 

「それじゃ、名残惜しいけどそろそろ帰ろっか」


 柚花がそう言い、俺達がその場を離れようとしたその時。


 ──っ!


 華やかな空気が一変、禍々しい雰囲気に包まれる。


「……? どうしたの?」


 俺の表情を見た祭理が、何かを察したようで、柚花の手を掴んで引き留めた。

 その直後、柚花の顔にも緊張が走った。

 どこかから風を切る音。

 ──上か……!

 見上げると、巨大なアギトがこちらへと向かってきるのが見えた。

 俺は祭理を抱えその場から離れ、"何か"が墜落した衝撃で砂煙が舞った。


「嘘でしょ……」


 柚花も無事避難できたようでよかった。

 しかし参った。

 なぜこんな所に、このクラスのモンスターがいるんだ。

 飛来物の正体が、その翼を広げ砂煙を吹き飛ばし、厳かな姿を顕にする。


 A級希少種──ブルースフィアレントドラゴン。

 俺達を見据える宝石のような蒼い瞳が、品定めするかのように不気味に煌めいていた。

 

 









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